第5話 その後のスイートデイズ ~幼児退行系女子に恋した女の子の末路~ (2)
「あのときはたいへんだったよね」
「……ああ、うん。あの、中学生の時のこと、ね」
あれから十年。
木製アパートの一室。私たち二人は、こうしてビールを飲み交わしている。
「ねー、まどか。まさか、まどかの方が先に就職するなんてね」
スーツ姿の小柄な私を見ながら、もっと小柄な彼女はスウェット姿で笑いながら言った。
「あの頃は確かに思わなかったわね。……ゆかりの方がリタイアしちゃうなんてね」
苦笑する私と、屈託ない笑顔でビールを開ける彼女。
「飲み過ぎないでね?」
「ここ家だしいいじゃーん」
「そのあとおねしょするでしょ」
「あはは……しっこでちゃった」
ゆかりは笑いながら後頭部をかいた。
……高校や大学でのいろんなストレスがきっかけで、結果的に私の「元」共犯者から、うつ病とか発達障害とかその他諸々の併合症を診断された目の前の彼女。
高校時代を全部かけて失禁癖を治したわたしとは対照的に、ゆかりは私が貸したおむつを使ってしまった日から、徐々におもらし癖がひどくなっていった。
「トイレトレーニング、そろそろ始めないとね」
「やだもん。……もう、頑張れないし」
そう告げる彼女の膨らんだ尻。愁いを帯びた顔。どこか幼気なその顔は、あの頃の――いつも不安だった私と、どこか似ていた。
そんな彼女に劣情を催してしまう私も私でちょっとおかしいのは、私自身もよくわかっている。
「もう一杯飲む?」
ガラスコップに開けた缶の中身を注ごうとする彼女。
わたしはほろ酔いのまどろんだ頭で。
「一杯だけね。これ以上飲んだら、私もおねしょしちゃうから」
「おーけー」
……わたしもわたしで、定着した癖がなかなか抜けきらない。それが、悲しくもあり、けれどちょっと嬉しくもあったり。
しばらくの無言。……なんとなく、安心する沈黙の時間。
数分間、話の尽きる瞬間。心地のいい時間。
「……結局さ」
そんな時間の中で、ふと彼女は切り出した。
「なによ」
「どこにも行かないでくれたね」
「当たり前じゃない」
「……ありがと。こんなわたしと、ずっといっしょにいてくれて」
やっぱ、私はおかしいみたいだ。
こんな言葉だけで、今までの私がどこか報われたような気がしてくるのだから。
「おかげで、わたし、いまのまどかも……好きになれたよ」
「それも、当たり前よ。――だって、私は私なんだから」
目を細めて告げる私。その頬が赤いのは、お酒のせいか、はたまた――。
「わたし、まだ恋してるみたい」
「……わたしも」
掛け合った言葉。温かくなる胸。
寒い部屋。私たちの部屋。細めた目。
私は、彼女の隣にゆっくり移動して、寄り添った。
「おやすみ、まどか」
「うん。……おやすみ、ゆかり」
まぶたを閉じて、浮かぶのはあの頃の憧憬。純真無垢な初恋の日々。
十年先も、二十年先も、この初恋が続きますように。
祈りは意識とともに、闇に溶けて消えた。
わたしはいま、恋をしている。
はつこいスイートデイズ ~幼児退行同級生に恋しちゃった女の子の末路~ 沼米 さくら @GTOVVVF
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