第2話 あおはるレイニーデイ ~ふたりのうそつき~ (1)


 ――わたしは恋をしている。


「おはよ、ゆーちゃん」

 朝、彼女の家の玄関。

 迎えに行くと、彼女は玄関先にいた。

 何食わぬ顔でそこにいる彼女。「あはは、おはよう」とわたしは固めの笑みで彼女を出迎える。


 学校まで、今日は何も話さなかった。

 いつも話しながら行く通学路。少し離した距離が、ちょっと遠く感じた。


 教室に入ると、対して仲いいわけでもない友達はいつも通り「おはよ!」と挨拶してくる。わたしもそれに返すが。

「ゆかり、今日なんか変じゃん。何かあったの?」

「え、そうかな」

 笑みを崩し駆けるわたし。「井上さんとなんかあったのー?」と尋ねる友達に、「なんでもない、なんでもないから!」とごまかす。

 そう、あのときは何もなかった。そう、なにも――。


「ね、ね」

 袖が引かれた。振り向くと、まどかがいた。

 ……心なしか、膨れているような。

「ちーでた」

「あ、うん。いこうか」

 そう言ってまどかの手を引いてそそくさと教室を出る。


 まどかのおむつは、保健室に常備しているものとは別に、わたしも持っている。

 わたし自身は使わない。そもそもサイズ的に入らない。

「トイレ、狭いね」

「んっ」

 ちっちゃい制服のスカートをたくし上げると、その下にはもう見慣れた彼女の下着。ぱんつじゃないから恥ずかしくないもん、と以前まだ羞恥心すら覚えていないような微笑で告げていた。

 便器の蓋の上に立つ彼女のその下着をちぎって、その玉のようにつるつるした大事な部分を露出させると、彼女は少しだけ震えた。

「…………さむい」

「早く替えちゃおっ」


 丁寧に拭き上げて、おむつをはかせる。

 そして使用済みの下着をくるくると丸めて専用のにおいを閉じ込めるポリ袋に詰めたら、処理も終わりだ。

「これ、あとで保健室の先生に渡しておいてね」

「はーい」

 何も変わらない朝の時間だ。

 ――不思議なほどに、何も変わらない。

 これでいい。これで、いいはずなんだ。


    *


 ――わたしたちは、ずっと一緒に居るわけではない。

 昼休みなんかは、特に。


「石橋せんせー。きたよ」

「おお、まどかちゃん。いらっしゃーい」


 わたしを紅茶の匂いで出迎えたのは、養護教諭の女医さん。石橋先生。

 ――わたし、井上 まどかに「誤診」を出した、心療内科の医師でもある、因縁にして共犯の女である。

「これ」

「あー、はいはい。おむつね」

 ピンクの、においを漏らさない袋に入った少しずっしりしたものを手渡すと、先生は「はい、ありがとね」と笑う。

「他の人に見られるのは恥ずかしいんだもんねー」

「そうだけど……口調、子供扱いしないで」

 いつも見た目通りの年齢でしか扱われないから、せめて本性を知ってる人には本当の年齢通りに見られたい……というのはわがままだろうか。

 唇をとがらせたわたしの顎に、石橋先生は手を当てて。

「じゃあ、こういうのは?」

 顔を近づけてきた。

 …………ため息をついて。

「わたしは『予約済み』ですよ、せんせ」

 嫌がって見せた。

「残念。私は嫌がってる子を無理矢理襲う趣味はないのよねっ」

 冗談ぶった口調で微笑んだ先生に、わたしは「そ」とだけ言って立ち上がる。

「ちょっとベッドで休んでもいい?」

「いつも通りでしょ。授業はちゃんと出なさいよ?」

 遠回しな許可に「はぁい」と言って、ベッドに腰掛けた。


 こっそり持ち込んだスマホ。画面の表層に軽く触れて、開いたのはイラスト投稿サイト。

 検索欄に「おむつ」と打ち込んで、表示させる。

「うへへ……」

 かわいい女の子が、おむつを穿いている。そんなイラストを表示させて、わたしは破顔した。

 もちろん純粋な理由ではない。

「……わたしと、おんなじだぁ」

 自然と下着の方へ伸びる手。スカートの上からその下着に触れて、息を荒くする。

 ――わたしはこういうのが、だいすきなのだ。

 画面の上の女の子は、おそらく中学生や高校生くらいのお姉さん。ちょっと、ゆかりと似てる、茶髪の女の子。

 そんな子が、かわいいおむつを穿いて、羞恥に頬を染めている。

 ……かわいくて、えっちだ。

「んっ――」

 股間がひくついて、キュンキュンする。胸が苦しくなって――。

「んあっ、ん……ゆーちゃ……ん……っ」

 漏れる嬌声。ため息をつく石橋先生。

 どんな体勢してるかもわからなくなるほどに、頭が真っ白になって――――。


「え、まどか……」


 途端に、目の前が真っ暗になった。

 じょわあ、と股間が温かくなる。おむつが膨らんでいく。

「……なにやってるの?」

 声のする方を向くと、そこに親友がいた。

 もはや、言い逃れは出来ないことを悟った。


    *


 もうすぐ授業だから、まどかを迎えに行こうとした。それだけだった。

「んあっ、ん……」

 何か聞こえる。吐息と、何かをかみ殺すような声。

「ゆーちゃ……ん……っ」

 よく聞くとそれは、まどかの、わたしを呼ぶ声で。

 どうしたの!? まさか、なんか襲われてる!?

 慌てて保健室に向かうと。


 親友がオナニーしてた。


「え、まどか……なにやってるの?」


 頭が真っ白になった。

 処理落ちした脳で尋ねた言葉。「……えっと、えっと」目の前の、スカートに手を当て腰を高く上げた変な体勢をした少女も、すごくテンパっているようで。

「あの、えっと……ごめん、『ゆかり』!」

 いつもと声色の違う彼女。はっきり叫ぶように喋った言葉。呼び捨てにされた名前。

「……まあ、紅茶でも飲んで休みなさいな」

 保健室の先生はそう言いながら、椅子を一脚そばに出した。


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