第8話 道士を探せ

 道術使い――いわゆる道士を探すことに決めた俺と六花は、ひとまず阿七あしちの自宅に行ってみることにした。

 阿七と道士が知り合いで、家に手がかりがあるかもしれないと考えたからだ。


 村人に道を尋ねつつ、やがて辿り着いた阿七の家は飾り気のない版築はんちくの平屋。

 版築とは練った土を棒で突き固める工法である。

 家の前には犬小屋があって、わらが敷かれたその中で紐でつながれた白い犬が寝ている。警戒心が皆無のようで俺たちが近づいても気持ちよさそうに熟睡していた。


 入口の扉が施錠されていなかったので家の中へ入ると思ったよりも片づいている。

 家具が少ないせいか、料理人という仕事柄なのか、土間の台所周りもきれいに整頓されていた。


「ん? これは……」


 ふとかまどの陰に、蓋つきの黒い壺が置かれていることに気づいた。

 両手で抱えるほどの大きさだから壺というより、かめと表現するべきか?

 ともかく重要なものだろう。

 他の料理道具と違って、この素焼きの壺だけがやけに立派だ。


 ふと俺は閃く。


「ああ、これは例のタレの壺か。確かなんでも極上の味になるって言ってたな」


 そんなに美味しいものなら味見したいと思って蓋を取ると――。


「なんだよ、空じゃねぇか」


 思わず拍子抜けする。

 持ち上げて逆さにしてみるが、中身は一滴も残っておらず、底の裏に褐色の土がこびりついているだけだった。


「予備のタレはないのか予備は?」


 屋内を見回すが、もともと狭い上に家具が少ない。

 他に物置などもなく、大して探せる場所がないのだった。

 どうもタレは完全に使い切って他に備蓄もないらしい。


「劉家の出張料理に持っていった分で最後だったのか……。料理人としては迂闊うかつだな。商売の種なんだから、切らさないように気を配っとくべきだろうに」

「迂闊を絵に描いたような行き当たりばったり人間の大我が言うこと?」


 六花が切れのある毒舌を飛ばしてきたので俺は切り返す。


「俺の思考は遠大だから、目先のことにばかり囚われて視野が狭い小娘には理解できねぇんだよ。で、偉そうに言ってるお前はなにか見つけたのか?」

「なにも」


 板敷きの寝台とその周辺を調べていた六花が俺を振り返る。


「どうやら阿七さんに道士の知り合いはいないみたい。残念だけど、ここに来たのは無駄足だった。でも仕方ない。目先のことにばかり囚われて視野の狭い小娘だし」

「なにちょっと気にしてんだよ。疲れたのか?」

「全然?」

「じゃあ、どこかで飯でも食おう。少し休めばまた元気出るだろ」

「なにが『じゃあ』なのかさっぱりわからないけど、大我がお腹空いてることだけは伝わった。意地汚い下僕を飢えさせないのも主人の役目。いいよ、食べに行こう」

「誰が意地汚い下僕だって?」

「貴様」


 しれっと俺に指先を向ける六花。

 こいつは猫をかぶっている普段より俺を罵倒しているときの方が遙かに生き生きしているな。高級な宝石のようにきらきら光り輝いている。


 もちろん褒めているわけではない。



 ◇ ◇ ◇



「どうした六花、意外と小食じゃねぇか。遠慮せずにもっとがつがつ食えよ」

「遠慮なんかしてない。というより、お金を払うのはわたしなんだが?」

「人の金で食う飯ってうまいよな」


 俺と六花は、阿七の家からしばらく歩いた場所にある酒楼しゅろうで食事をしていた。

 酒楼といっても普通の大衆食堂で、酒も一応注文できるというだけ。

 店内のあちこちで村人たちが卓を囲み、粥や汁麺を食べている。

 同じように俺と六花も、事件について意見交換しながら食事をしていたのだが。


「ねえ君たち」


 ふいに見知らぬ男が声をかけてきた。


「ちょっと話が聞こえてきたんだけどさぁ。道士を探してるんだって?」

「誰だお前」


 俺が質問を浴びせた相手は、見た感じ十代後半の痩躯の青年だった。

 顔立ちは眉目秀麗だが、髪が中途半端に長くてどこか胡散臭い。

 服装は道袍どうほう――いわゆる道士服を露出多めに改造したもので、各所にきらきらした装飾品をぶら下げ、おまけに派手に着崩していた。


 どう見ても堅気じゃない。

 十中八九、いんちき道士という体裁の遊び人だろう。


「ああ、自己紹介がまだだったね。俺は八戒はっかい。この仇名は都の、とある坊さんがつけてくれたんだ」

「じゃあお前は坊主なのか? 嘘つけ。とてもそうは見えねぇ」

「仏教で禁止されてる八つの生臭なまぐさの戒めってわかるかな? にんにく、ニラ、ねぎ、らっきょう、ノビル、獣肉、鳥肉、魚肉――それらを全部入れた特製の鍋を隠れて食べてたから八戒だってさ。で、見つかったその日に破門されたわけ」

「なるほど。元・生臭坊主ってことか」

「いい名でしょ? 気に入ったからそのまま使ってる。まぁ他にも色々やばいことしてたから都にいられなくなってね。だったら今度は道士にでもなるかと思ってこの村に来たわけ。かれこれもう一年近くになるかなぁ」

「節操のないやつ……。ちなみにこの村と道士になんの関係があるんだ?」

「あれ、君知らないの? ここには昴日星官ぼうにちせいかんっていう高名な道士が住んでるんだ。弟子入りしようと思ってはるばる来たのに断られちゃったけど」

「まさに徒労だな」

「耳が痛いねぇ。仕方がないから今は歌って踊れる遊侠人ゆうきょうにんをやってるよ。よろしく」

「騙ってぶんどる詐欺師の間違いだろ」


 俺は八戒の言葉を一蹴すると、同じ卓についている六花に顔を向けた。


「その亡命政権みたいな名前のやつのこと、六花は知ってたか?」

「昴日星官ね。もちろん、名前は有名だし。この村にいたのは知らなかったけど」

「そっか、嘘八百でもなかったんだな。――おい八戒、この村に他に道士はいるのか?」

「いないねぇ。なにせ辺鄙な村だもん。道士は昴日星官ひとりだけだよ」

「じゃあ決まりだな」


 阿七は道士に術をかけられていて、この村にそれは昴日星官ひとりしかいない。

 だったらそいつをどうにかすれば阿七は元に戻るし、眩暈集も手に入る。


「もののついでだ。その昴日星官の居場所を教えろよ、八戒」

「ただで?」

「む」

「君ねぇ。まさかとは思うけど、貴重な情報を無償で教えろって言うのかい?」


 八戒が大げさに「信じられない!」という顔をするので、そういう魂胆だったかと俺は思う。

 この野郎は俺たちの話を小耳に挟み、金をせびるために声をかけてきたのだろう。


「失せろよ。お前がごねるなら他のやつに訊くだけだ」

「ええ? 他の人は知らないと思うけど。昴日星官は半ば隠者だ。用があるとき村に下りてくるだけで、実際はほぼ山に住んでる。俺だって最初はかなり苦労して探し当てたんだよ?」


 しゃあしゃあと言う八戒に苛立たせられて、「だったら力尽くで聞き出すか」と俺が凶悪な笑みを浮かべた瞬間、六花が口を開いた。


「大我、待つ。ここで喧嘩しても店に迷惑かける。――すみません八戒さん、うちの用心棒は血の気が多いんです。ここは穏便に食事しながら話し合いましょう」

「いいねぇ。じつは俺、お腹ぺこぺこでさ」

「でしたら、なんでも食べてください。ここはわたしが奢ります」

「素晴らしいねぇ! 美しいお嬢さんはやっぱり心も美しいんだな」


 歯の浮く台詞を吐いて八戒は俺たちと同じ卓につくと、店の人を呼んで矢継ぎ早に沢山の料理を注文する。

 沢山といっても普通の沢山ではなかった。

 まさしく尋常ではない異常な量で、その注文数には俺も六花も唖然とさせられた。


 やれやれ、こいつの目的は金そのものではなく、人の金でたらふく飲み食いすることだったのかもしれないな。

 もちろん、それはそれで非常に迷惑な話だが。


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