第6話 眩暈集奇譚
道すがら村人たちに聞くと、この福石村には五、六百戸の人家があるらしい。
聞く人によってばらつきはあるが、大体それくらいなのだろう。
交通の便の悪さを考慮すると、かなり栄えた大きな村だ。
旅館に
遠い
花果山を水源とする川が流れていて魚が沢山獲れるから、大きな魚市場などもあるらしい。
ちなみに村の名産品は綿と絹――それが行商人のお目当てだそうだ。
自然の豊かな恩恵を受けられて、さらに綿と絹の輸出でも利益を得られるという二点が村の繁栄の主な理由だろう。
ある意味では辺境の楽園だ。
まぁ周りが山だらけで盗賊団なんかも侵入が大変だろうからな――などと考えながら歩いているうちに目的地に着いた。
◇ ◇ ◇
「ここが劉とやらの屋敷か。さすがにでかいな」
劉家の敷地は壁で囲まれているが、正面の門は無防備に開け放たれ、近くで三人の幼い子供が蹴鞠をして遊んでいた。
髪を頭の左右だけ残して残りを全部剃り落とした、裕福そうな服装の子供だ。
俺は六花に顔を向ける。
「どうする? とりあえず乗り込むか、劉の家」
「わたしだけならともかく、大我を見たら
「そうか。じゃあ早速――そらよっ」
「ちょっと、わたしを襲撃しない! ふざけてると毒で殺すけど?」
そんなつまらない死に方はさすがにごめんだ。
突き出した拳を俺が止めると六花があごを冷然と横にしゃくる。
「あそこの三人は、たぶんこの家の子供。せっかくだから仲介してもらう」
六花は子供たちに近づいていくと、俺には見せない大輪の
癪にさわるが、懐柔がうまい。
思ったよりも時間はかからなかった。
まもなく俺と六花は中へ招かれて、屋敷の主人と対面する。
「どうも、はじめまして。私が
村の顔役の劉は、絹の長衣を着た恰幅のいい四十代の男で、長いあごひげを生やしていた。
食事のときに汁につきそうだな……などと考える俺の隣で六花が挨拶する。
「私は鈴六花という者。仙妃様の命令で、都から眩暈集の回収に来ました。隣の男は警護役の大我といいます」
六花が懐から仙妃の令牌を取り出して劉に見せる。
俺はよく知らないが、たぶん今の言葉が事実だという証明になるのだろう。
ここは空気を読んで、話の腰を折らずにしばらく黙っておくか。
「ほほう。確かに仰る通りのようですな。じつはついさっきも来たんです。同じく仙妃様の使いを名乗る瑠瑠さんという方が。だから経緯はもう全部知っとりますよ。災いの原因になるそうですね、あの本は」
「ええ、残念ながら」
六花が沈痛そうに吐息をついて続けた。
「それで眩暈集は? もう瑠瑠に渡してしまいましたか?」
「いや申し訳ない。もちろんお渡ししたかったのですが、少し前に紛失してしまいまして。なんとも奇妙な事件が起きたのです」
「奇妙な事件?」
「はい。私らには正直わけがわからない怪事件なんですが……。とはいえ瑠瑠さんにとっては違ったらしい。先ほど話を聞かせるとすぐに『あれだ!』と叫んで、どこかへ飛び出して行ってしまいました。それきり戻ってきていません」
劉の言葉を聞いた六花の顔が強張る。
おそらく瑠瑠が怪事件とやらの謎を解き、消えた眩暈集のありかに気づいたと考えたのだろう。
「瑠瑠が聞いた話というのは? いえ――まずは眩暈集を見つけた経緯から教えてもらえますか? 順を追って聞いた方が把握しやすそうなので」
「ごもっともです。それでは」
劉が長いあごひげを指でこすり合わせて語り始めた。
「私は骨董品集めが趣味でしてね。村の外から定期的に行商人を呼んでおります。上客だという噂を聞きつけて、呼ばなくても来てくれる方も結構いますよ。先日の取引もそれでした。曇天の空の下、山向こうの町の露天商がわざわざ荷車に骨董品を積んで来てくれたんです」
劉の言葉を聞いた六花の目つきが鋭くなる。
「その品物の中に眩暈集が?」
「そうです。といっても最初はわからなかったんですがね。前王朝時代の古い調度品が大量に手に入ったと言うので、これ幸いと見繕って買い取りました。ある程度まとめて購入すると掘り出し物を優先的に回してもらえるので」
「
珍しいものは手に入れておけば後で役に立つかもしれないという意味である。
六花の言葉に劉がうなずく。
「まったくです。今回も古い座卓やら
「でしたが?」
「その中に黒ずんだ
「つまり当初は隠されていたと。取引相手の人は気づかなかったんですか?」
「向こうも二束三文のごみだと決めつけていたんでしょう。かくいう私も気づいたのは彼が帰った後でしたからね。あれ、ここ二重底になってるぞって」
「なるほど。ちなみにどうしてその本が眩暈集だとわかったんです?」
「そりゃあ表紙に書名が書いてあったので。村の長老に聞いたところ、眩暈集といえば知る人ぞ知る予言の歌集だという。何度か騒ぎになったことがあるそうです。どうも昔から見つかったり消えたりを繰り返してるようですな」
「ふむ」
「頁をめくると最初の歌はこんなものでした」
古き歌集を開きし時
今にも
しばし待たん
「その歌を読み終わってまもなくです。曇天の空が光って
霹靂というのは雷鳴のことだったな、と俺が考えていると劉が窓の外を指差す。
「……雷は何度も続きましてね。おふたりとも、あれを見ていただけますか?」
「なんでしょう?」
訝しみつつ俺と六花が窓辺に近づくと、庭の外れに大きく裂けた大木の黒い残骸が見える。
「じつは、うちのあの梅の木にも雷が落ちたんです」
「えっ?」
「ばぁんと木片が辺りに弾け飛びましてね……。やがて滂沱の雨が降り始めました」
「曇天の霹靂――。歌の予言が早くも成就した、とそういうことですね?」
六花の問いに、恰幅のいい体躯をぶるりと震わせて劉がうなずいた。
私が読んだことで現実になったのですよ、とでも言うように。
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