第5話 不平等契約

「まったく……とんだ災難だ。自分の素性もまだ思い出せてないってのに」


 抜けるような青空の下、俺はやけ気味に髪を掻き回しながら歩いていた。

 腹立たしいが、他に選択肢がないから仕方ない。そう自分に言い聞かせている。


 福石村ふくせきそんへと続く砂埃の多い道だった。

 俺の前を意気揚々と歩いているのは、出会ったばかりのりん六花りっかという生意気な少女。

 毒舌少女でもある。

 見た目は可愛いのに、言動には愛嬌の欠片もない。


 なんの因果か、俺は突然喧嘩を売ってきたあいつの罠にかかり、まんまと体に毒を入れられてしまった。

 それは術で作られた特殊な猛毒らしく、普通の医師では治せない。

 かといって処置しなければ見る間に悪化して、百数える間に死に至るのだという。

 さすがの俺も腹が立ったが、あいつは澄ました顔でこんな提案をしてきた。


「心配しないで。これは術と連動した毒だから無効化することも可能。わたしの頼みを聞いてくれるなら一時的に毒を止めます」

「くそっ……。なにをどうしろって?」

「仕事を手伝ってください。腕の立つ用心棒が必要なんです。もちろん永遠にとは言いません。期限は――うん、今回の仕事が終わるまででよし。わたしは寛容で心が優しいので」


 一生奴隷にすることもできるんですけどね、とでも言いたげな口ぶりだった。


「晴れて仕事が片づいたら毒を消して、あなたを完全に解放します」

「ふん……」

「ちなみに断った場合は確実に死にます」

「選択の余地ねぇだろうが! なんて恩着せがましい性悪女だ。ちなみにその仕事ってのはどんな内容なんだよ?」

「じつは――」


 話によると、六花は師匠の仙妃せんひ眩暈集げんうんしゅうという危険な予言書を回収してくるように命じられたのだという。

 これは次期仙妃を選ぶ試験のひとつでもあって、競合相手の瑠瑠るるには負けたくない。

 どうしても先に手に入れて後宮に戻りたいのだそうだ。

 ちなみに術の才能では六花は瑠瑠に太刀打ちできないらしく、普通にやり合えば負けると仙妃に言われてしまったのだとか。


(ったく、妙に焦ってると思ったら、そういうことか)


 つまるところ余裕綽々に見えるこいつも内実は切羽詰まっている。

 今日会ったばかりの俺の力を利用してでも絶対に負けたくないのだろう。


 だったら気持ちは、まぁ一応わからなくもない。

 じつは俺はまだ奥の手を隠し持っていたが、なりふり構わず逆転勝利を狙いに行く六花の姿勢そのものは嫌いではなく――瑠瑠との勝負の結果を見てみたいから当面の協力を約束したのだった。


 それに実際のところ、これ以上洞窟にいても仕方なかったからな。

 しばらく寝泊まりしてみたものの、なにも思い出す気配はない。

 数日前、俺は突然この洞窟で目覚めた。

 気づいたときには既にそこにいたのだ。

 過去の出来事は、まるで厚い霧に覆われたかのように奇妙に思い出せない。

 なにが起きたのか、どんな経緯でここにいるのか、大我という自分の名前以外は一切わからないのだった。

 だから道術使いに同行するのも今の選択肢としては一応ありだろう。


 あいつもこう言っていた。


「記憶を取り戻す術は使えないけど、わたしが知らないだけで仙妃様は知ってるかも。後宮に戻ったら訊いてあげます。一寸の虫にも五分の魂だから」

「そりゃ嬉しいが、俺をさりげなく虫扱いするな」


 ともかく今は眩暈集とやらの獲得に専念しよう。

 個人的に、あいつにも少し興味が湧いたからな。


「まぁ砂粒程度の興味だが」

「――なにをのんびりしてるのか、大我」


 ふいに俺を振り返って六花が唇を尖らせる。


「瑠瑠はとっくに村へ向かって、わたしたちは相当な遅れを取ってる。悠長にしてないで急ぐ急ぐ! よちよち歩きの亀じゃないんだから」

「はいはいわかったよ、毒舌蜘蛛女」

「口の利き方がなってない。今の大我はわたしの子分。もっとわたしに媚びへつらって揉み手をしながら親分と呼んだらどうなのか」

「契約が成立した途端、すっかりタメ口になりやがって……。馬鹿言ってないで、さっさと行くぞ」

「あ、ちょっと?」


 俺が足早に追い越すと不満げに六花がぱたぱたと追ってくる。

 他意はない。急げと言うから急いで歩くだけのこと。


 目的地の福石村にはまもなく着いた。

 村に入ると、白かぶが入った背負いかごを身につけた農民の中年男が近くにいて、はたと目が合う。

 よく日に焼けているその男が物珍しそうに俺と六花をじろじろ眺めた。


「この辺じゃ見かけない顔だなあ……。色白だし、もしかしてあんたらも都から?」

「あんたらもということは、やはり瑠瑠も来たんですね。ええ、わたしと彼女は同僚です。こちらの男のことはよく知りませんが、たぶん山奥の僻地の田舎村から家出して来ました」


 六花がもっともらしく俺のことを村人にそう説明するので一応、釘を差すことに。


「勝手に出自を捏造すんな。どう見ても都会人だろ俺は」

「それにしては言動がちょっと」

「お前に言われたくねぇ!」


 俺と六花の無益な応酬を見て男が笑う。


「ははっ、山奥の僻地なんて言うけどよ。ここより辺鄙な村は滅多にねえぞ? あったら逆に教えてほしいくらいだ」

「そんなに人里離れてるんですか、この村」

「そりゃそうさ。場所が山奥ってことに加えて天変地異もあったからな。交通の便が悪いなんてものじゃねえ」

「天変地異?」


 六花が不思議そうに呟くと男はうなずいた。


「まあ、お嬢ちゃんが生まれるより遙か昔――百年前の話だが。この辺り一帯で地割れが起きて、すごい量の水が噴き出したらしいんだ。逆転瀑布ぎゃくてんばくふって呼ばれてる。俺もじかに見たわけじゃねえが、村の語り部が子供に話して聞かせるんだよ」

「百年前の出来事が今も語り継がれてるんですね」

「ああ。当時はそりゃあ大変だったらしい。逆転瀑布で土砂崩れが起きて地形も変わっちまってな。それで他の集落からすっかり孤立した。遠くから交易に来てくれる行商人には頭が上がらんよ。村の規模こそでかいが、陸の孤島みたいな土地なんだ」

「ふむ……」


 六花が眉をひそめるが、俺にもその心境は理解できる。

 眩暈集は災いの予言書らしいが、仮に人が大勢死ぬような大災害が村で再び起きても簡単に助けは来られないということだ。


「それはそうと、お嬢ちゃんたち、こんな田舎の村になんの用だ?」

「わたしたちは予言書を捜しに来たんです。名前は眩暈集。最近この村で見つかったと聞いたんですが」

「あ、やっぱりその件か。さっきのお嬢ちゃんも同じことを聞いてたな。じゃありゅうさんの家に行くといい」

「劉さん?」

りゅう伯欽はくきん。この村の顔役で一番の金持ちさ。大きな家だからすぐにわかるよ。もともとあの本は劉さんが見つけたんだ」

「なるほど。では早速行ってみます。お話、ありがとうございました」


 六花が礼儀正しく一礼するので俺は思わず鼻白んだ。


 俺には毒舌を叩きまくるくせに赤の他人にはこの態度。

 いい性格をしているとしか言いようがない。


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