木曜日

 人間の習慣って恐ろしい物で気付けば同じ時間の電車の同じ車両に乗ってしまっていた。朝は頭が働かないから余計だ。身だしなみはなんとか整えてはいるが、脳みそはまだ半分夢の中のようだ。


 揺られているとドアの端の方で川田さんを発見してしまった。彼女もきっと同じ習慣なんだろう。まぁ外側を見ているし俺の事は気付かないだろうし挨拶とかするにしても満員電車だから何も言わないのが自然だろう。


 別に意図して見ていた訳じゃないが彼女の顔が、いや顔だけでなく耳まで真っ赤に染まっていった。少し震えるように俯いている。もしかして……


(痴漢か?)


 そう思ったら一気に目が覚めた。


 満員電車の中の少ない人と人の隙間に自分の肩を入れ込んで彼女の方へと無理やり進めていく。周りからは間を通る度に凄い怪訝な顔で睨まれる。小声で「すいません」を連発する。申し訳ないがこればかりは怯んではいられないのだ。


 なんとか川田さんの近くまで来れた時に川田さんの後ろのオヤジが川田さんに密着しながらもちゃっかり右手を川田さんのお尻に入れ込んでいるのが見えた。


 カッと頭に血が上った。なんとか左手を人の間を縫って伸ばしてそのオヤジの右腕を掴んで上に上げた。


「やめろ!!」


 人がぎゅうぎゅう詰めなのにその瞬間、静寂に包まれ多くの視線が俺に集まった。


「な!なんだよ!何もしていない!!」


 オヤジは人の間を縫って逃げようとするも周りの人間もそれを許さない。俺もオヤジの手を離すつもりはない。


「何もやっていないんだったらDNA判定をしてもらったらいい!」

「DNA判定!?」

「そうだ。その手に彼女の服の繊維が付いていなければ無罪は証明される。次の駅で降りるぞ」


 次の駅に降りる際オヤジは逃げようと試みたが周りの乗車客がオヤジを囲んでくれたし絶対に俺は握った手首を離さずに引きずり下ろした。


「川田さんもいいかな?」

コクンと無言で頷いて一緒に降りてくれた。


 異常な状況に気づいた駅員が寄ってきてくれた。

「この人痴漢です」

 引き渡そうとすると


「俺は!違う!駅事務室には絶対に行かん!!」

 まだ逃げようとする。さすがに駅員がオヤジを掴まえる。


 ギュッとスーツの後ろを掴まれた感覚があり振り返ると川田さんが俯いて震えながら俺のスーツを掴んでいた。


 駅員がオヤジをなだめて駅事務室へと一緒に行った。鉄道警察隊に川田さんは目を潤ませ顔を真っ赤にしながら事情を駅員に説明してくれた。川田さんが少し震えていたので僭越ながら座って説明している彼女の背中を撫でた。


 一応DNA判定のサンプルも川田さんは取られる事になった。俺はその場を外されてしまったのでどう収集されるのかは分からないが、これで立証されたら話は早い。


 女性を傷つけるヤツがいるというのを話には聞いてはいたが実際に自分の知っている人にされるとこんなに頭にくるものだというのを初めて知った。それと同時に同じ男として情けなくなってどうにもイライラして気が昂っていた。


 川田さんを待っている間に会社に川田さんと遅刻する旨を伝えておいた。川田さんを待っている間に自販機でコーヒーを買って一息ついた。


 





 

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