第2話 彼の名はマリア


「いや、ホント御免! 助けてくれたのに失礼な事言って!」


「ん? ああ、別に気にするな。言われ慣れてるからな」


『ご、ごめん! お詫びと……それに、お礼にそこでコーヒーでも奢る!』という美少女のお誘い。誘われるがままに、喫茶店にホイホイと付いて来た俺。いや、普通に考えて美少女の誘いを断るとか無いだろ? どうせ暇だし。


「言われ慣れてるって……………………う、うん! そ、それでも!」


「タメがなげーよ。今の間で絶対、『あ、やっぱり?』とか思っただろう?」


 俺の言葉にぶんぶんと首を左右に振る美少女。あ、そう言えば。


「なあ?」


「ち、違うから! そんな事は――って、へ?」


「俺、大本麻里亜」


「……へ?」


「あ、いや、コレはナンパとかじゃないんだが……こう、色々と喋りづらいだろう? 俺の名前は大本麻里亜ってんだけど……その……」


「……? ああ、名前?」


「そう。名前、教えてくれない? あ、勿論イヤなら全然イイんだ。君……はちょっとサブイボ立つから、『お前』とかって呼ばして貰うけど、それでも良いなら」


 俺の言葉に、ポカンとした表情を浮かべる美少女。が、それも一瞬、呆れた様に首を左右にやれやれと振って見せる。なんだよ?


「……あのさ? マリア、私を助けてくれたんだよね?」


「いきなり名前呼びってリア充力あるな、おい」


 そう言えばいつの間にかタメ語だしな。いや、全然イイんだけどな? むしろ、俺と初対面でタメ語の女の子なんて希少種並だし。普通は敬語プラス涙目アンド震え声だから。


「リア充力ってなによ。そうじゃなくて……助けて貰っておいて名前一つ教えないとか、私どんだけ失礼な奴よ。申し遅れました、私はヒメ。ヒメ・マー・オ・エルリアン。ヒメって呼んでくれたらいいわ。遅ればせながら……助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 ああ、この子、多分凄いイイ子だ。お礼と同時に綺麗な所作で頭を下げる美少女――ヒメに若干の感動を覚え――そして、ちょっとだけ違和感を抱く。


「えっと……エルリアン? 異人さん?」


「異人さんって。まあ……日本人で無いのは確かね。っていうかマリア、名前ぐらいで何をそんなにキョドってるのよ。普通に教えるわよ、それぐらい」


「……」


「……なに?」


 不意に無言になった俺を訝しんだ様な視線で見つめるヒメ。俺はそんなヒメから視線を逸らすように窓の外――粉雪が舞う、駅前の景色を見る。ふっ……懐かしいな。


「……昔、さっきみたいにナンパされてる女の子を助けた事があったんだ。絡まれ方が『厄介』だったせいか、ちょっと膝小僧擦りむいて……まあ、怪我してたんだよな。怖かったのかブルブル震えてたし、そのまま一人で帰すのは可哀想だろう? 家まで送ろうかと思って、名前と住所聞いたんだよ」


「……あ、なんかオチが読めた。なんだか聞きたくないカンジなんですけど」


「オチって言うな。まあ、聞けよ」


「……うん。分かった。それで?」


「『お願いですから、それだけは勘弁して下さい!』って、泣きながら土下座された」


 怖かったのはナンパよりも俺の顔と体だったらしい。


「……」


「駆け付けた警察に犯人と間違われて連行されたのもいい思い出だ」


「……ご愁傷さま」


 その女の子、一応『この人は助けてくれたんです!』ってフォローしてくれたんだけど……まあ、泣きながら、震えながらで、俺のこの容姿だろ? 『君! 脅されていても素直に言いなさい! 大丈夫! 警察は君を全力で保護する!』とか言われて余計信じて貰えなかったよ、うん。おい、国家権力。俺のハートも守ってくれよ。


「……怒ってもイイと思うわよ、それ」


「仕方ない。慣れてるし」


 誰がどう見たってチャラいナンパ男よりはそりゃこえーだろう。


「……っていうか、前もナンパから女の子助けた事あるの? なに? マリア、正義の味方かなんかなの?」


「自分の財布の平和も守れてねーよ。別にヒーロー気取った訳じゃ無くて、単純に我が家の家訓なんだ」


「家訓? ナンパを見たらシバくのが?」


「シバくって。そうじゃなくて……困ってる人が居たら、助けなさいってのが家訓なの」


「……なに、それ?」


「『お前がその体格を神様に与えられて生まれて来た事にはきっと意味がある。ならば、お前はその体を弱者の為に使えって』な。親父の教えなんだよ」


「……素敵なお父様じゃない」


「まあな。良い親父である事は認める。ラグビーやってたから体つきは俺並にごついし、天然パーマが嫌だからってスキンヘッドにしてるから俺の二割増しで顔はこえーけどな」


 辛うじて身長は俺の方が高いが。この辺りは母親に似たらしい。


「まあそれはともかく……今回は本当に気にするな」


「なんで?」


「家訓に背くようだけど、ちょっと女絡みでヤな事あったからな。ナンパしてるの見て少しばかりイライラして……まあ、アレだ、八つ当たり含めての事だ」


 本当に。親父にバレたら殺され……はしないだろうけど、ボコボコにされるから。


「貴方をボコボコにするって……ま、まあともかく! えっと……お、女絡みでヤな事? そ、その、それって……聞いてもイイ感じの話? あ、べ、別にイヤならイイんだけど!」


 口ではそう言いながら、期待に瞳を輝かせるヒメの姿に、『大本君って……笑ったら、余計に怖いよね? なんか、好敵手見つけたボスみたいな顔してる』と評判の苦笑を浮かべる。なるほど、『コイバナ』は古今東西、洋の東西を問わずに女性の関心があるんだな。


「別段、面白い話でもない……事もないか。人の話だったら俺だって腹抱えて笑ってるし……まあ、アレだ。クリスマスイブだろ、今日? だから、ちょっと『いいな』って思ってる子をデートに誘ったんだよ。めでたくオッケー貰ったと思ってウキウキしながら待ち合わせ場所に行ったら、見事にすっぽかされたってだけの話だ」


 一息で言い切り、コーヒーを飲む。おぅう……冷えた体にコーヒーの温かさが染み渡るぜ。


「……えっと……なんて言うんだろう」


 心持気まずそうにこちらをチラチラと見るヒメ。なんだ? 気を使ってくれてるのか? 


「あんま気を使われると逆にヘコむから、笑い飛ばしてくれていいぞ」


「笑い飛ばすなんてそんな事しないわよ! じゃなくて……その、なんだろう? 可哀想っていうのもある……んだけど……それ以上に、凄いなって」


「凄い?」


「だって、その女の子」




 貴方の誘いを一度は受けて、すっぽかしたんでしょ? と、首を傾げて見せる。




「……ソレ、凄くない?」


「……失礼な事を言われているのは分かるが、どうしよう。巧く反論できない」


「勇者かなんかなの、その子? 私だったら絶対後が怖いんだけど」


「確かにボーイッシュな子ではあるが、勇者ではないと思う。つうか、酷くね? 流石に俺、そこまで悪い奴じゃねーぞ?」


 そら、まあへこんだよ? へこんだけど……いいんだよ、夢を見たと思えば。


「……人が好いわね、顔に似合わず」


「そう思わないとやっていけねーって話だ。それに、ホラ。さっきも名乗っただろ? 俺の名前は『麻里亜』だぞ? 優しいんだよ、聖母様は」


 クリスマスにぴったり、聖母様だ。


「う……自虐に走るって、それ、突っ込んでもイイ所なの? っていうか、男の子に『マリア』って付ける、普通?」


「普通はあんまり付けないけどな。俺の場合は母親の親友から貰ったんだってさ。スペインだかポルトガルだか忘れたが、その辺のアマレスの選手の名前らしい。母親、アマレスの選手だったから。ちなみにだが、流石にファーストネームではあんまり女性名を付ける事はしないが、ミドルネームでは女性名を付ける事はあるぞ? スペインのアスナール元首相のフルネームはホセ・マリア・アスナールだしな」


 一応言っておくが、男だ。


「……詳しいわね?」


「この顔と体型で、名前が『麻里亜』だろ? 意外そうな目で見られるならともかく、泣きそうな目で見られたり、親の仇の様な目ですら見られるから。『ま、マリア? 魔王みたいな図体して!』ってな。予備知識は持っておくに限る」


 主に、敬虔なクリスチャンに。気持ちは分からんでもないが、汝の隣人を愛せっていわれてるんじゃないのかよ、お前ら? と、問い詰めたい。


「ま、俺の名前はどうでもイイさ。それより……夜も遅いし、そろそろ帰れよ。親御さんも心配するぞ?」


 チラリと走らせた壁時計の短針は既に『十』の文字を過ぎている。人の事は言えんが、恐らく未成年であろう、しかも飛びっきりの美少女が出歩いて良い時間じゃない。またナンパにでもあっても困るしな。


「ええっと……うん、そうだね。そろそろ帰らないとイケない……かな?」


 俺の勘違いで無ければ、少しだけヒメが残念そうな顔をして見せる。まあ、アレだ。ナンパから助けて貰った男なんて、言ってみれば白馬の王子さまみたいなモノ。そりゃ、もうちょっと一緒に居たいって気持ちも分からんでもない。だから、俺は笑顔で言葉を続けた。




「どうした? 家出でもしてんのか?」




 ……俺がイケメンだったらな? いや、イケメンまで行かなくても……こう、なんだ? 並んで喫茶店に入った瞬間、店内の雑音が一瞬止まるぐらいのインパクトのない容姿なら、さっきのイベント補正でもうちょっと勘違いも出来るんだが。誰がどう見ても美女と野獣にしか見えんからな、俺たちじゃ。


「い、家出じゃないわよ!」


「そっか。それじゃ、さっさと帰れ」


 そう言って、俺はテーブルの上の伝票を掴む。その姿に驚いた表情を見せ、次いでヒメはっと気づいた様に俺の手元から伝票を奪おうと手を伸ばして来た。


「ちょ! う、上にあげるのはズルい! 届く訳ないじゃん! 返してよ! 私が払うって言ったじゃん! お礼だって!」


 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる姿がちょっと可愛いぞ、うん。


「自分で言うのも泣けてくるが、世紀末覇者がヒメみたいな美少女と初対面でお茶出来たんだぞ? それだけで十分、お釣りが来るぐらいのお礼だ。後、個人的に女に奢って貰うのは格好悪い気がするからイヤだ」


 プラス、俺がヒメに奢って貰ってる姿は何処からどう見てもカツアゲにしか見えんからな。


「でも! これはお礼!」


「いいから黙って払わせておけ。心配するな。金は十分あるんだ」


 一息。




「……デート費用予定で貯めたバイト代が。行き場の無い諭吉先生が財布の中で出番を待って泣いてるんだ」




「余計に奢って貰い辛い事聞いちゃった!?」


「言うな! 泣いちゃうから!」


「マリアの容姿で泣くって逆に怖いんですけど!」


「だから、怖い姿が見たくなかったら素直に俺に払わせろ」


 な? とそう言うと、しばし『うー』なんて唸っていたモノの、例の『ぴょんぴょん』を止めて、ヒメが苦笑を浮かべて見せた。


「……ホントに人が好いわね、貴方。いつか詐欺にあうわよ?」


「色んな意味で俺を騙せる人間が居たら見て見たいが。地獄の果てまで追うぞ、俺は」


「…………うん。なんかマジで怖いわ。やりそうだし、マリア」


 そう言って苦笑を微笑に変えるヒメ。俺? 俺はいつも通りの笑顔だ。『人をヤった後、恍惚の表情を浮かべている様な』と評判のな。さっきと違う? バリエーションは豊富なんだよ、マイナス方面で。


「……ねえ?」


 伝票を持ち、ヒメを先導する様に歩く。そんな俺の背中に、ヒメの声が――






「マリアって、結構イケメンだよね?」






「眼科を紹介した方が良いか、黄色の救急車を呼んだ方が良いか、どっちか教えてくれ」




 ――新手のイジメか、おい。


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