第3話 プレゼントを上げたら、魔王にスカウトされたらしい


「なんか……逆に悪かったわね? 奢って貰って。その……本当に、ありがとうね? さっきのと、今の」


 すったもんだの末に俺に支払いを任せてくれたヒメと二人、喫茶店の外に出る。未だにチラチラと降り続く雪に『黒く染まれ』『爆ぜろ』と呪詛の言葉を二つほど心の中で呟きながら、俺はヒメにヒラヒラと手を振って見せた。


「気にすんな。さっきも言ったがクリスマスイブに美少女とお茶出来たんだ。むしろ俺の貰い過ぎまである」


 悩む、までは言い過ぎだが、流石に俺も『ま、仕方ないか!』と割り切る程人間出来ていない。流石にへこんでいたが、ヒメと話してたら『明日からも取り敢えず頑張ろう!』とは思えるようになったからな。


「……ありがたいのはこっちだよ、マジで」


「ん? なんか言った?」


「なんでもねーよ」


 でもまあ、そんな事を言うのは結構恥ずかしい訳で。いや、『そんな図体してる癖に何言うんだよ?』とか言うなよ? ごっつい人間は意外にメンタル豆腐なんだから。


「ま、ともかくさっさと帰れよ? 流石に次に絡まれても助けてやれねーからな。つうか次に絡まれてるの見つけたら呆れるぞ、俺は」


 一日で二回、同じ人をナンパから助けました! なんて運命の赤い糸みたいで素敵な感じなんだろうが、常識で考えれば危機管理能力が欠如し過ぎだろうと思う。流石に気をつけろよ、マジで。


「……なんだよ?」


 そう言って笑ってみせる俺に対し、ヒメは……なんて言うか、ちょっと不満そうな眼を向けて来る。だから、なんだよ?


「いや……普通さ? 『家まで送ってやる』とか『せっかくだから連絡先教えて』とか……そういうの、無いの?」


 ……ああ、なるほど。確かに、あんな事の後だ。女の一人歩きは怖いだろうし、家まで送るって選択肢は無しではないかも知れない。


「どうよ? 無いの? ちなみに私は言わないわよ? 『お願いですから、それだけは勘弁して下さい!』なんて事」


 茶目っ気たっぷり、笑顔を浮かべながらのヒメの言葉に、俺も苦笑を返す。


「お茶までして『勘弁して下さい!』って言う奴じゃねーとは俺も思ってるよ。それはともかく……まあ、確かにヒメのいう事も一理ある」


 そう言って俺は笑顔で頷いて。






「――じゃあな、気を付けて帰れよっ!」






 親指をグッと立てる。


「ちょ、即答!? なんでよ!」


「客観的に見て、前者は明らかにモンスターに攫われるお姫様にしか見えんし、後者は無理やり脅迫して教えて貰おうとしてる様にしか見えんからな」


 って言うよりだな?


「なんだよ? 電話番号教えて~とか言って欲しかったのか?」


「まさか。ある訳ないじゃん、そんなの。マリア、私がそんなにマリアに惹かれてる様に見える? え? 鏡とか見た事、ある?」


「……お前、それはちょっと酷くね?」


 即答で答えましたよ、この子。頬を染めてソッポを向いてみたいな、ツンデレとかそんなチャチなモンじゃねー、全くの自然体で否定しましたよ。自分で振っておいて流石にソレは可哀想過ぎだろう。主に、俺が。


「あ、ち、違うわ! べ、別に、電話番号を聞かれるのがイヤって訳じゃ無くて――っていうか、地面にのの字とか書かないで! 怖い! マリア、貴方の体型でその絵面は凄く怖いから! なにか悪い悪魔とか召喚する魔方陣を書いている様にしか見えないから!」


 少しばかり凹んで地面にのの字を書く俺に、容赦のないヒメの声がかかる。いや、マジで酷くない? 死人に鞭打つ鬼か、お前は。


「そ、そうじゃなくて……な、なんだろう? こう、マリアって助けてくれた訳じゃん? その、都合のイイ事言う様だけど、此処で『じゃ、電話番号教えて!』とか聞かれたら、こう……下心があったみたいじゃん? マリアは良い人だと思うし、その、下心込みで助けて貰ったって、それってなんだかイヤだな~って……」


「……俺、健忘症だったかな? お前が聞いたんじゃなかったか? 電話番号とか聞かないのって?」


「…………『気を付けてな。じゃ!』って、全く惜しそうにもされないで言われちゃったら、女の魅力を全否定された様で……それはそれでなんだか『もやっ』とするんだもん」


 恐らく照れ臭いのだろう、自身の前髪をちょいちょい弄りながらそっぽを向くヒメ。そんな姿に、少しだけ苦笑を浮かべながら俺も『のの字』制作を中断する。君は実にバカだな~、ヒメ。ちゃんと鏡を見て見ろ。


「心配スンナ。お前は超絶美少女だから」


「……『超絶美少女』って云うのがなんとなく、取ってつけた様でカンジ悪い」


「言っておくが、俺にイケメン的な台詞は期待するな。アレはイケメンだから許されるんだぞ? つうかイケメンなら何言っても許されるんだよ」


「……マリアが言ったら?」


「何言ってもホラーになる」


 そんな俺の言葉に、ヒメがクスリと笑みを浮かべて見せる。元より機嫌が悪い訳では無かったのだろう、ヒメが右手を差し出して来た。


「……じゃあさ……『握手』で別れましょ?」


「青春ドラマか。つうか、なんか照れ臭くね?」


「いいじゃん。多分……そうね。もう逢う事もないでしょうし、多少照れ臭くても。私は貴方と出逢えたこの出逢いを、素敵なモノにして別れたいわ」


「なんだ? この街からいなくなるのか、ヒメ?」


「そう……じゃないけど……そうね、お互いの為に、もう逢わない方が良いわ。進展しない出逢いは、不幸な事にしかならないもの」


「おい。おいおいおい! 進展しない出逢いって、お前、それは流石に失礼じゃないか? もしかしたら、微粒子レベルで存在するかも知れないだろうが。偶然街中で再び出逢うような、ラブストーリーが――」


 ……。


 ………。


 …………うん。


「……すまん、無いな」


 偶然街中で出逢う事はあっても、ラブストーリーはまずないな、うん。


「でしょ? だから、ホラ! 握手!」


「ああ」


 右手をずいっと出すヒメに苦笑し、俺も右手を差し出す。見た目通り、白魚の様な綺麗な手に思わず『コレ、俺が握ったら壊れちゃうんじゃない?』とか思わんでもないが……まあ、それはそれ。ゆっくり、卵を触るように軽く握手。


「……うん! それじゃ、マリア! バイバイ!」


「ああ。それじゃあな」


 時間にして数秒。触れるだけの様な握手を解いたヒメが背中を向ける。その背を見つめながら、俺はコートのポケットに手を入れ、ヒメとは逆方向に向かって歩き出そうと背を向けて。




「――おい、ヒメ!」




「ん~? なーに?」


 ポケットの中で触れた『ソレ』を掴むと、振り返ってアンダースローでヒメに向かって放り投げる。驚いた顔は一瞬、慌てた様にワタワタと手を振りながら、それでもヒメが綺麗に放物線を描く『ソレ』を何とかキャッチ。


「おお! ナイスキャッチ」


「あ、ありがと――じゃ、なくて! なに、これ?」


「今日はクリスマスイブだからな。『マリア』様からのクリスマスプレゼントだ」


「く、クリスマスプレゼント? クリスマスプレゼントって……え、ええーーー!」


 街中に響くんじゃないかって言う程のヒメの大声。その声に苦笑しながら、俺は言葉を続けた。


「まあ、クリスマスプレゼントって言っても、本当はデートする予定の子に上げるヤツだったから残り物……つうか、なんだ、ともかく申し訳ないけど……でもまあ、ソコソコいい値段したから、物は悪く無い筈だ」


「も、申し訳ないなんてそんな事は……じゃなくて! も、貰えないよ!」


「なんだ? あ! 怪しいとか思ってるか? 大丈夫、盗聴器なんかは付いてないから!」


「そんな心配してるんじゃなくて!」


「心配すんな。下心もないし。微塵もな!」


「下心が微塵も無いって言われたら、それはちょっとムカつく――じゃなくて!」


「じゃあ……ああ、いい値段するなら質屋にでも売れってか? いやな? 流石にお前、自分のプレゼント質屋に持って行くのは寂しすぎるだろう? かといって部屋に飾っておくのはもっと切ないし、お前に貰って貰った方が良いんだよ。まあ、気に入らなかったらお前が質屋に持って行くか、その辺に捨てておいてくれてもいいぞ」


「だから!」


「じゃあな、ヒメ。今度こそ、さよなら~」


 話は此処まで。そう言わんばかりに強引に話を切り上げ、手をヒラヒラと振ってヒメに背を向けて再び俺は家路を急ぐ。テンパった顔のヒメの姿が意外に面白く……まあ、なんだ? 黙ってたら結構凛とした美少女系なのに、あわあわしてる小動物みたいな姿がめっちゃ可愛かった。趣味は良くないだろうが、それぐらいの役得は合ってもいいだろう?


「ちょ、ま、マリア! そうじゃない! そうじゃなくて!」


 そんな悪戯が成功したような心地よい気分に浸りながら微笑みを――『あれ? 大本君、今日は機嫌よさそうね? 麻薬の密売でも成功した?』と評判の微笑みを浮かべる俺の背中に、切羽つまった様なヒメの声が聞こえる。なんだ? まだなんかあるのか? 別に何を要求したりしないから安心しろよ。俺はただ、お前にプレゼントが上げたくなっただけ――








「――これ、『三つめ』だから! ダメなんだって!」








 同時、『パチン』という、まるで電気のスイッチを消す様な音が聞こえて。




「――――っ!」




 声にならない声が、俺の喉から出る。




 上に。




 下に。




 右に。




 左に。




 何処が何処だかも分からない。




 地面があるのか無いのかも、分からない。




 体が、全方向に向かって落ちて行く。




 まるで、そんな感覚と、次いで眼に飛び込んだ、純粋な『闇』に。




 俺は。




 開けていた瞳を。




 ぎゅっと……ぎゅっと、固く瞑って。




「……………は?」




 再び眼を開けて、飛び込んできた光景は。




「……マリア……アンタって、本当バカ! このお人好し! バカ! 大馬鹿! 悪魔にでも騙されて、強制労働させられちゃえ! この底抜けお人好しバカ!」




 暗闇に浮かんだまま、こちらを睨み付けて俺を罵倒し続けるヒメの姿だった。って……え?




「……はあ。まあ……こうなったら、仕方ないわね」


「……って、ちょ、え? し、仕方ない? な、なにが? 何が仕方ないんだよ! ちょ、ヒメ? え? せ、説明! 説明を――と、いうかその前に何処だ此処! 俺、さっきまで駅前にいたよな? ちょ、おい! なんだよ! なんなんだよ、コレ!」


「あーもう、分かってるわよ! 説明する! 説明するから! だから、少し落ち着いて?」


 ね? と優しい微笑みを浮かべてこちらを見やるヒメ。その姿に、先程まで取り乱していた俺も、少しだけ冷静さを取り戻す。よし、深呼吸だ。吸って、吐いて、吸って――




「取り敢えず、マリア? 貴方――」






 ――『魔王』になってくれない? と。






「――――は? ……って……はあぁぁぁぁぁぁ!?」




 吐いた息と共に、俺の絶叫が口から飛び出した。


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