魔王は聖母に祈らないっ!

綜奈勝馬

第1話 聖夜に降り立った世紀末覇者


 ――クリスマス、と呼ばれる祭典をご存じだろうか?


 欧米ではイエス・キリスト――所謂ナザレのイエスの生誕を祝う祭日であり、イエス・キリストとは縁も所縁もない極東の島国ではバカップル達がどんちゃん騒ぎする、例のあの日だ。都合の良いことに小雪もチラチラと舞い、俺――大本麻里亜の目の前では綺麗なお姉さんが『あ、見て見て! 雪降って来たよ! ホワイトクリスマスだね!』なんて隣のイケメンの腕に捕まって楽しそうに夜空を指差していたりしやがる。



「……爆ぜろよ、マジで」



 その前日である、クリスマスイブ。およそ『聖夜』という意訳に似つかわしくない悪態を吐きながら、俺は待ち合わせ場所である海津駅の中央口、その上にある時計に視線を送る。時刻は午後七時、待ち合わせが午後五時だと云う事を勘案すると、だな?


「……すっぽかされた」


 ……おいおい。そりゃ無いだろう、諏訪真琴ちゃん。クリスマスイブだぞ、今日? 俺が勇気を出して誘ったら、頬を染めてコクと頷いてくれたじゃん? 結構いい雰囲気だったんじゃね、俺ら? 高校入学から一年、ようやく『麻里亜!』『真琴!』って呼び合える仲になったんだったんじゃね? 電話かけても『お掛けになった番号は、電波の届かない所におられるか、電源が入っていない為、かかりません』って……スマホの電源まで切って、すっぽかすってマジ、酷くね?


「……はあ」


 コートのポケットに入れたクリスマスプレゼントの箱がなんだかモノ悲しい。ヤラシイ話、ソコソコ奮発して買ったのにな、このネックレス。俺、めっちゃバイトで頑張って金貯めたのに。


「……帰ろ」


 あと少し、もう少し、と待ちに待って二時間だ。遅刻するにしても連絡の一つはあってもイイだろうし……それすらねーって事はもう、脈無しって判断でイイよな? うん、いいよ、俺。よし! んじゃ、もう帰――



「……ちょっと! 離してよ!」



 不意に後ろから聞こえて来た声に、俺は歩き出した足を止める。そのまま、声の方に振り返って。




 ――天使がいると思った。




 背中まで届く銀髪をポニーテールで結った女の子。ポニーテール愛好家として一家言ある俺から見ても、頭頂部に近しい、絶妙の位置で結われた銀髪には思わず溜息が漏れそうだ。そのポニーテールが乗っている顔も、これまた素晴らしい。鼻は高く、顎筋が通っており、唇は『ぷるぽにゅ』。プルプルでは無い。『ぷるぽにゅ』だ。


 何より印象深いのは、スカイブルーの色をした眼。『顔を構成するパーツの理想的な配置図を描いてみましょう』なんて試験があったら、此処以外は正解が無いんじゃないかと思われる程、理想的な位置に配されたその眼はキラキラと(比喩じゃ無くて、マジで)輝いている。こう、なんて言うんだろう? その辺のアイドルなんてメじゃない程の、圧倒的な『美少女の才能』を持った少女がそこに立っていて。


「いいじゃねーかよ、別に~。クリスマスイブなのに待ち惚けしてんだろ? だったら暇じゃん! な、な! 俺たちと一緒に朝まで楽しもうぜ!」


「そうそう! 付き合ってくれよな~」


「突き合ってくれてもいいぜ! なーんてな!」


「ギャハハ!」


 明らかに頭の悪そうな茶髪三人に絡まれていた。まあ、クリスマスイブだしな。そういう輩も湧いてきてもおかしかねーけど。


「ちょ、バカ! 本当に離してよね! 呪うわよ!」


「うわ! こっわー! 呪われちゃうってよ!」


「うわー、呪われたら不味いな! それじゃ、除霊でもして貰うか、朝まで!」


「あ、それ良いね~! そうしよう!」


 女の子の態度に一々反応して見せるバカ三人衆。まあ、別にナンパがいけねーと言うつもりはない。お互いに感じるモノがあって、そこから恋愛に発展するんだったら、それはそれで祝福されるべきだろう。今日は聖夜だしな。


「だから――本当に辞めて!」


 ――が、これは違うだろう。女の子の方は心底嫌そうな態度と表情をしてるし、だったらさっさと退くのが男ってモンだ。それが出来ないってのは流石にどうかと思うし……何より、バカ達の言葉が聞くに耐えん。


「……」


 ……なんだろう? 若干イライラしてきたぞ、おい。


「……おい」


 気付けば俺は、男の一人の肩に手を置いていた。別に正義感を気取った訳でもねーけど、純粋にムカついただけだ。フラれた腹いせ? 放っとけよ。


「……あん? なんだ? なんか文句――」


 俺に肩を掴まれた男が、腹立たしそうにこちらに視線を向けて。




「――ひ、ひぃいいいい!」




 男の、怯えた様な、裏返った声が駅前の広場に響いた。


「おい……お前ら、公衆の面前で楽しそうな事してんな? なんだ? ナンパか?」


「あ、い、いえ……そ、そういう訳では……」


「おいおい、そんなに怯えんなよ? 別に止めろって言ってる訳じゃねーぜ? 俺も混ぜてくんねーって言ってるだけだぞ?」


「え、えっと……あ、ああ! わ、忘れてた! 俺、用事があったんだ!」


「あ、お、俺も!」


「ちょ、お前ら! 待てよ! くそ! 離せ!」


 脱兎の如く逃げ出した他の二人を追いかけようと、俺に肩を掴まれた男が必死に俺の手を振り払おうともがく。


「まあ、待てよ。な? だから、そんなに怯えなくてもいいじゃねーかよ? なあ?」


「い、いてぇ! いてぇよ! は、離せこのバカ! ――あっ! い、いや、離して下さい!」


「折角のクリスマスだろ? なあ、俺も一緒に楽しませてくれよ? こっちはちょっとブルーでさ? な? 良いだろう?」


「す、済みません! 済みませんでした! 貴方の彼女だとは思わなくて!」


 涙目で懇願する男。は? 彼女?


「彼女じゃねーし。アホか、お前。俺の彼女だったら『一緒に楽しませてくれ』なんて言わねーよ。一人で楽しむわ。ブッ飛ばすぞ、オラ?」


「ひぃい! 勘弁して! 本当に勘弁して! 殺さないで!」


 涙目でガクガクと震える男。まあ、これぐらい脅せば良いだろう。何より、駅前なんて目立つところでやってるせいか、人の視線がそろそろ痛い。そう思い俺は男の肩から手を離すと、その背中にガシっと一発ケリを入れた。


「ひ、ひぃいいいいいい!」


 前のめりに転びながらも、蹴られた痛みも感じない程恐怖を覚えていたのか、他の二人を追うように逃げる男。その背中を見つめて、うんと一つ頷いて見せる。うし! 今日もイイ事をした。少しばかりすっきりしたし、そろそろ帰ろ――




「……あ、あの……」




 ――おお。そうだ、すっかり忘れてた。


「……怪我は無いですか?」


 心持、優しめの声を心がけて振り返る。流石に『さっきの』は怖かったか、振り返った俺の顔を見て、件の美少女が息を呑むのが分かった。いかん、いかん、怯えさせるのは本意では無い。


「あ、あの……助けて下さって、ありがとうございました!」


 そう言って、丁寧に頭を下げる美少女。が、それも一瞬、美少女は下げていた頭をあげて。


「それで……その、へ、変な事を聞くようですが……その……」


 眼を伏せながら、それでもチラチラと上目づかいでこちらを窺う美少女。心なしか、頬が赤く染まり、潤んだ瞳を向けて来る。


「……えっと……はい?」


 ――……アレ? これ、来ちゃった? 危ない所を助けて貰った男に胸キュンになるっていう、少女漫画的なヤツ、来ちゃった? まあ、そうだよね~。だって、危ない所を助けたんだもんね~。そら、惚れてもおかしくないよね~。いや~さっきまで超ブルーだったけど、やっぱり神様っているんだ――






「……貴方……人間、ですよね?」






 ――――居る訳ないよな、うん。分かってた。分かってたよ。惚れる? は! んな訳、ねーよな? だって、俺――大本麻里亜は。




「……一応な」




 身長二百五センチ、体重百五キロ、体脂肪率三パーセント。日本人離れした、ボディビルダーの様なガチムチのゴリマッチョの体と、その上に乗っかった顔の中の眼は、『大本君って……絶対、三人ぐらいはヤッてるよね?』と評判の、極悪な目付きをした。




「……っていうか『あの後』の俺見て、悲鳴上げなかったのお前が初めてだわ」




『モンスター』みたいな男だもんな。




「……その……渾名、オークだったりする?」




 惜しい! 渾名は『世紀末覇者』だ。

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