ひかるくんとクリスマス

望月 葉琉

ひかるくんとクリスマス

それは、ひかるくんという男の子が、幼稚園年長さんの時の、十二月のことでした。


「あれぇ?」


 ワクワクしながら起きた二十五日の朝。枕元には、期待していたものは何もありませんでした。


「あかりちゃん! ひかるくん! おばあちゃんち行くよ!」


 なんだかお母さんがバタバタしています。横を見ると、お姉ちゃんのあかりちゃんも不安そう。


「あかりちゃん、プレゼント、あった?」


 気になってソワソワしながらきいてみると、あかりちゃんは首をふるふる。


「今年はサンタさん、来られないかもしれないって」


 * * * * *


幸智子さちこさん、二人をお願いします」


 あかりちゃんとひかるくんを慌ただしくおばあちゃんのおうちに預けると、お母さんはそのまま急いでどこかへと出かけていきました。

 サンタさんからのプレゼントが今年はないかもしれないときいて、ショックでしょんぼりしているひかるくん。そんな弟の頭を、あかりちゃんは優しく撫でて慰めます。


「お父さん、今病院にいるらしいの。落ち着いたら、後で二人も一緒にお見舞い行こうね」


 そういうおばあちゃんもどこか心配そうな様子。あかりちゃんはひかるくんの手をぎゅっと握ってきました。何か大変なことが起きているということが、ひかるくんにもうっすらとですがわかりました。


 * * * * *


「どうして今年は、サンタさんプレゼントくれないのかなぁ?」


 心細さをまぎらわすために、おばあちゃんの飼っている猫のノエルと遊びながら、ひかるくんは考えます。


【良い子だったら、サンタさんからプレゼントが貰えるよ】


 クリスマス前、大人たちは口を揃えてそう言いました。つまり貰えなかったということは、ひかるくんは悪い子だったということでしょうか。ひかるくんには、心当たりはないというのに。


「あっ!」


 ノエルが、ちょいちょいと手を出して遊んでいたひかるくんの手袋を、口に咥えて本棚の上に登ってしまいました。手袋は今のひかるくんにはちょっと小さいけれど、あったかくてホッとする、今一番のお気に入りです。


「こら、ノエル! 返しなさい!」


 お母さんが怒る時の口調を真似て、ひかるくんが少し大きな声を出すと、ノエルは吃驚したのか、本棚の上にあったお菓子の箱のようなものを蹴り落してしまいました。


 ガラガラガラッ ガッシャン!

 バサバサバサー!


 箱の中身は盛大な音を立てて床の上でひっくり返り、ノエルはそれにも驚いて、どこかに飛んで行ってしまいます。


「あー!」


 庭を越え、家の敷地の外へ出て行ってしまったノエルを、ひかるくんは慌てて追いかけます。途中で姿を見失いましたが、「にゃあ」という鳴き声を頼りにそちらの方角へ向かうと、近くの公園の一番大きな木の下で、ノエルと手袋を見つけました。

 ノエルは見知らぬおじいさんに、のどを撫でられてゴロゴロ。人見知りをするひかるくんが、ちょっぴり離れたところからその様子を見ていると、おじいさんはこちらに気づいてくれました。


「こんにちは。このキジトラちゃんの飼い主さんかな?」


 正確にはおばあちゃんの猫なので、ひかるくんは首を横に振ります。


「じゃあ、君のお友達かな?」


 これには首を縦に振るひかるくん。そうこうしている間にノエルは満足したのか、気まぐれにおばあちゃんの家のほうへ戻って行きます。


「この手袋は君の?」


 ノエルが落としていった手袋を拾ってくれたおじいさんは、こくんと頷くひかるくんにそのまま渡そうとして、あることに気がつきます。


「おや、君はひかるくんというのだね」


 手袋に書いてある名前を見て、おじいさんは言いました。


「ならこれも君への贈り物なのかなぁ」


 おじいさんは懐から、綺麗に包装された箱を取り出しました。リボンにくっついているメッセージカードには確かに、「あかりちゃん、光くんへ」と書かれています。でもその箱は、ベコベコのボロボロになってしまっていました。


「わかんないから、お母さんにきいてみる」


 そう言って箱を受け取った時、おじいさんの手が赤くなっているのを見たひかるくんは、「そうだ!」と、返されたばかりの手袋をもう一度おじいさんに渡しました。


「おじいさん、手が寒そうだから、これ、あげる! お気に入りのもこもこのやつだから、あったかいよ」


 おじいさんは一瞬目を丸くしましたが、すぐに笑みを深め、「ありがとう」と言ってくれます。


「ぼく、黙って出てきたから、もう帰らなきゃ」


 バイバイと手を振りながら踵を返したひかるくん。公園の入り口で一度振り返ると、木の近くには不思議なことに、もう誰もいませんでした。


 * * * * *


「ただいまー……」


 潰れた箱を大事に抱えながらそうっと帰るひかるくん。散らかされたままの床の上で、ノエルはふんふんと落ちたものの匂いを熱心に嗅いでいます。


「もうっ、ノエルったらぁ」


 これまたどこかの大人の口調を真似ながらひかるくんがぷんぷん怒っていると、ノエルは次の標的を手紙らしい封筒に定め、どこかへ咥えて持って行ってしまおうとします。


「ダメだってば!」


 ノエルから破れないように封筒を奪い返すと、差出人の欄には【果歩里かほりより】と書かれていました。ひかるくんはまだ漢字が読めません。でもなんとなく、この形の字はお母さんの名前だということは知っています。宛先に書かれていたのは【一条君へ】。【君】が何かはわかりませんが、【一条】は確かひかるくんたち家族みんなのお名前です。


「あかりちゃん、ひかるくん、そろそろ行くよー!」


 おばあちゃんが呼んでいます。さっき言っていた、お父さんがいるという病院に行くのでしょう。ひかるくんは慌てて、家から持ってきたリュックに、おじいさんから譲り受けた潰れた箱と、お母さんの手紙っぽい封筒を突っ込みました。


 * * * * *


 病院に着くと、お父さんはベッドで静かに寝ていました。隣のあかりちゃんは、声こそ出していないけど、ポロポロ涙をこぼしています。

 暗い雰囲気に堪えきれなくて、空気を変えたくなったひかるくんは、持ってきたリュックをごそごそ。さっき見つけた封筒を取り出しました。


「ねぇお母さん、おばあちゃんちにあったこれ、お母さんのお手紙?」


 固く口を引き結んで厳しい表情をしていたお母さんは、ハッとしてそれを受け取ります。


「こんなの、とってあったのね……」


 優しい、けれど泣きそうな顔をしながら、お母さんは大切そうに封筒の中身を取り出します。


「これはね、お母さんたちが高校生の時のクリスマスに、お母さんがお父さんにあげたお手紙なの」


 あかりちゃんとひかるくんの頭を順番に撫でると、お母さんはお父さんが寝ているベッドの脇にある椅子に座って、ゆっくり手紙を読み上げ始めました。


 【一条君へ

  メリークリスマス!

  本当は手編みの手袋あげるつもりだったけど間に合わなかった、ごめん!

  代わりにこの手紙をプレゼントします。

  イマドキ手紙なんかなかなか貰わないから逆に新鮮でしょ?

  お返しは、一条君のこと空汰そらたって呼ぶ権利がいいなー。

  ……意味、わかる?】


 読み終わると、お母さんは照れ笑い。でも、目には涙がたまっているのを、ひかるくんは見逃しませんでした。そのままお母さんは、眠るお父さんに向けて語り掛けます。


「結局意味、わかってくんないしさぁ。こんな日に意識不明とか、こっちが意味不明だし」


 お母さんが言っていることはちょっと難しくてよくわからなかったけど、泣き笑いするお母さんを励ましたくて、ひかるくんは一生懸命、お母さんの袖を引っ張ります。


「お母さん、ぼく、サンタさん来なくても大丈夫だよ。だからぼくも、お母さんのお手紙欲しい」

「それはズルいなぁ」


 ふと、低い男の人の声がきこえました。お母さんもあかりちゃんもひかるくんも、バッとお父さんのほうを向きます。お父さんは、目を開けて優しく笑ってくれていました。


「今年のサンタさんはプレゼントが多すぎてちょっと遅刻してるんだよ。きっと今夜あたり持ってくるんじゃないかな。だからお母さんからの手紙は、お父さんだけが貰うね」

「それってこれかなぁ!?」


 ひかるくんはもう一度リュックをごそごそして、公園でおじいさんから渡されたボコボコの箱を取り出します。それを見たお父さんの目は、まんまるに見開かれました。


「なんだ、もう貰ってるんじゃないか」

「それよりお父さんだけってどういうこと? あたしもお母さんのお手紙欲しいんだけど」


 あかりちゃんの文句に、さっきまでの空気はどこへやら、病室は笑い声に包まれました。あかりちゃんとひかるくんがこの時貰ったプレゼントは、今の二人のサイズよりちょっぴり大きめの毛糸の手袋。のちの二人にとって忘れられないプレゼントとなるそれをはめてお父さんに抱きつくと、窓から見えた外では、雪がちらつき始めていました。

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ひかるくんとクリスマス 望月 葉琉 @mochihalu

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