4.知られざる試み

「そうだ、今日は良いモンがあったんだ!」

 夕食のあと、洗い物を追えた柴本は、何かを思い出したように冷蔵庫へと向かった。

 食後の洗い物は、基本的には当番制になっている。本来はわたしの番だったのだが、顔全体に気持ち悪い笑みを浮かべたダメ社長が、自分が替わると言って聞かなかった。

 むこう一週間はずっと続けるつもりらしいが、だからといってわたしに一体何をやれと?


 モヤモヤと考えているところに、防衛隊仕込みの手際の良さで終わらせて戻ってきた。手にはボール紙の白い箱を持っている。洋菓子の甘い香り。わぁ! と横で歓声を上げたのはブッチーだ。


「じゃーん! 牛島菓子舗うしじま・かしほの洋菓子いろいろ! プリンとかケーキとか色々あるよ! 旨いぜ?」

カスタードプリンにラズベリーを使ったショートケーキ。栗のペーストが掛かったモンブランも美味しそうだ。ラム酒をたっぷり含んだサバランも。

 あれ? でも牛島菓子舗って和菓子屋さんだったよね? 正月にいつも鏡餅とか注文してるところ。

「そうだぜ? ……ささ、早く早く」

促されてモンブランを手に取る。ブッチーはラズベリーのショートケーキを、ウタさんはサバランを選んだ。柴本はシュークリーム。


「これは本格的だ。材料も良いものを使っているな」

「そうッスね。ていうか、こんなん知らなかったッス」

「あの店、おととしくらいにお婿さんが入ったんだ。

 その人は洋菓子の修行をしていたこともあったらしくてさ。それで、最近は和菓子の隣でちょっとずつ洋菓子も置かせてもらえるようになったんだってよ」

 へぇ、そうなんだ。ともかく、年末のお餅の心配はしなくて大丈夫そうだ。のし餅は雑煮に、鏡餅は鏡開きしてからお汁粉に入れたり油で揚げておかきにしたり。まだ先だけれど、今年も楽しみだ。

 などと考えながら、わたしもモンブランを一口。

 ペーストされた栗の香ばしい香りが洋酒の複雑な方向と一緒に、もったりとした生クリームに乗って口全体に広がってゆく。ああ、とても幸せな味。


 だけど、なんかすっごく勿体ないよね。わたしが言うと

「ん?」

 社長以下、現場組の3人がこっちを向いた。

 乗せられてしまったと思いつつ、そのまま続ける。

 だってさ、こんなに美味しいのに知られていないのは勿体ないじゃない? もっと情報発信しないと、良いものも埋もれたままだよ。

「ふむ、それは確かに、一理ある」

 ブラックコーヒーをすすりながらうなずいたのはウタさんだ。そこにラズベリーのショートケーキの最後の一口を食べ終えたブッチーが

「けど、宣伝ったってどうするんスか? 今だったらブログとかSNSとかッスかね」

「それなんだけどさ、あの人達にやらせたら炎上しちまいそうなんだよな。今度こそ、どうなるか分からねぇし」

 太短い指についたカスタードクリームを舐め取りながら、遠い目をして柴本が言う。

 古巣・・で仕込まれた手品を使えば、SNSの見張りと問題ありそうな書き込みの改竄かいざんなど造作もない。が、違法な手口だ。やるべきではない。とすれば、何か他の、もっと自然でわたしが何もしなくていいやつ――そうだ!


 フリーペーパーはどうかな? 時間はかかるけど、話し合いながら作れば問題のある内容は出来にくいと思うよ。

 ネットを見ない人もいるだろうから、紙で手に取れるものを作って、駅とか区役所に置かせてもらうのは?

 わたしの言葉に、柴本は三角耳をぴんと立て、ズボンの後ろから突き出ている巻き尾をぶんぶん振って


「いいじゃねぇか、それ! きっと皆、喜ぶぜ!」

 あ、でもちょっと待って。カメラマンとかライターのアテはあるの? わたしが問うと

「写真ならおれが撮る。こう見えて結構上手いんだぜ」

 胸を張る社長。器用で直感的な彼の手による写真は、確かにどれも中々面白い。七五三しちごさんなどイベントで呼ばれ、カメラマンを務めたことも何度かあるようだ。

 それは良いとしてライター、つまり文章を書くのは……――おいちょっと待て。なんでこっちを見る?

「へっへっへ。先生せんせー、よろしゅう頼んます♪」


……――はぁ⁉

「まぁ、それなら」

「良いんじゃないッスかね」

 期待に満ちたまなざしを向ける柴本。ブッチーもウタさんも異論なしとばかりに頷いている。裏切り者め。


「那由多の業務日誌、いつも面白おもしれぇしよ。ああいうノリでやればウケると思うぜ?」

 軽々しく言いやがって。あと、ブッチーもウタさんも他人事とばかりにうんうんうなずかないで。


 この会社の業務日誌は、わたしがまとめて書いている。現場組の三人そろって文章を書くのは好きではないのだ。その日の業務内容を聞き取って書いたものを、会社のブログにアップロードしている。そこそこ知名度が上がっているようで、ランキングの上の方に乗ることもある。が、それはわたしの文章力とかよりも、彼らの毎日が自由で刺激に満ちているように映るからに他ならない。


「那由多くん、謙遜けんそんし過ぎるのは良くないッスよ」

「よし、これで決まりだな! 今週の土曜日開いてる? さっそく取材に行こうぜ!」

「おれはもう予定が入っている。拝渕くんもだな」

 あ、確かに。タブレット端末を引き寄せてスケジュールを確認すると、ふたりの予定はもう埋まっていた。ウタさんは土曜は夕方まで仕事、日曜はお子さんと面会か。


「じゃあ、ふたりにはわりぃけど、おれと那由多だけだな。メシとか全部奢るからよ! ていうか、これは経費で落ちるよな? 取材だし」

 公私混同じゃないのかなぁ。ちょっとだけ思ったけれども、なんかもう、言い返す気力は残っていなかった。


 そうして翌日の晩、イメージアップ作戦としてフリーペーパーを作るアイデアは、満場一致で受け入れられたらしい。そんな話を、柴本は嬉しそうに教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る