3.報告とお叱り

「それでまた、なーんの考えもなく引き受けちゃったんスね、師匠?」

「ボス、あんたの言動には、われわれ皆の明日がかかっている。くれぐれも忘れないでほしい」

「まったくです。返す言葉もございません……」


 事務所と社宅を兼ねた家のリビング、四人で囲む夕食のテーブルにて。昼間の出来事に対し、冷ややかなコメントを寄せた社員ふたりを前に、社長である柴本は三角耳を力なくぺたんと寝かせた。


 鬣犬族ハイエナぞくのブッチーこと拝渕恵南はいぶち・えなと、ウタさんと呼ばれている兎族うさぎぞく卯田川敏うたがわ・さとい

 長身で筋骨たくましいふたりによって、小柄な柴本が詰められる様子は、まるで逆パワハラのような構図だ。が、この場合、そんなことは多分ない。

わたしも呆れて何も言えない。ご馳走が台無しだ。


 合同会社ごうどうがいしゃ、便利屋シバモト。

『どんなことでも応相談』をモットーに、社長で犬狼族けんろうぞく柴本光義しばもと・みつよし以下、日々いろいろな仕事を引き受けている。

 今いる社員は、現場担当のブッチー、ウタさんと、事務員であるわたし鴻那由多おおとり・なゆたの4人。他にも何人かいるのだけれど、転職活動の真っ最中だったり、どこかをほっつき歩いていたりでこの場にはいない。きっとそのうち、ひょっこりと戻って来ることだろう。


 さて、今日の夕食は淡海牛あわみぎゅうの分厚いステーキそれにロースカツの乗ったカツカレー大盛り。言っておくが、分量はさておき普段の内容はもっと質素もとい経済的だ。ひとりで突っ走ったお詫びあるいは験担げんかつぎ。きっとその両方と思って間違いなさそうだ。

 テキにカツ。だが肝心の敵が分からんでは話にならん。

 あとはねぎと豆腐の味噌汁、もやし炒め、ヨーグルトのフルーツサラダ。いささか組み合わせがおかしい。


 見ているだけで胃もたれするようなメニューが、柴本の胃の中にスルスルと収まってゆく。防衛隊時代に培った早飯の大食らい。162センチの背丈にしては多めの体重七八キロ。骨も筋肉もしっかり詰まったプロレスラーか柔道家のような体格だ。

 口吻マズルが寸詰まりな童顔のせいで忘れそうになるが、そろそろ健康と食べるものに気をつけるべきお年頃である。あと、今はもう防衛隊員ではない。会社経営者だ。


「っはー! ……はぁ……」

 発泡酒を呷ってから、またため息。彼の肝臓さんは今日も休日出勤だ。どうやら今回の重圧はアルコールでも隠せないらしい。が、それでも食べっぷりには変化なし。


「へへっ、ちょっと奮発しすぎちゃったぜ」

「味がよく分かんないのが残念ッスね」

「ああ、まったくだ」

 本当にね。わたしもふたりに相槌を打つ。社長のおごりで豪華な肉となれば嬉しい筈だけれど、胃にずしりと来る感じは脂のせいではなさそうだ。経費で落ちないからね?

「しっかり食えよ。いざって時に生き残れねぇぜ?」

自信に満ちた顔。もと防衛隊員の言葉は説得力がある。


「そうそう。さっきの話に戻るけどよ」

「どのへんッスか?」

「商店街の連中に怪しい薬が流行はやってるかもって辺りじゃないのか?」

「そうじゃなくってさー」

 オホンと咳払いをし、すっと背筋を伸ばす柴本。一緒に暮らし始めて2年、そして会社を立ち上げ社員たちとの共同生活を始めてからだいたい4ヶ月。こうやって居住まいを正すのは、ロクでもない話が待っているときだ。もう皆にバレている。

「頼む! なんかいいアイデアおくれ!」

 やっぱりねー……。

 一口大に切ったステーキにガーリックのソースを絡めてから口に放り込む。ため息と一緒に飲み込んだ。


「で、依頼人は誰なんスか?」

「商店街まるごと一つ面倒を見るなんて言わないよな? ……そうなのか⁉」

 零細企業われわれの手に余る案件。なんで受けちゃったの?

報酬ほうしゅうがさ、めっちゃ良かったんだよ!」

 携帯端末の画面をこっちに見せて自慢げな表情。わたしとブッチー、ウタさんは顔を見合わせた。額だけ見れば、数ヶ月ぶんの稼ぎにも相当する。

「これだけの額を見せられちゃ、引き受けねぇ訳にいかねぇだろ⁉」

「それが出来るのならば、な」

「そうッスね」

 まったく。カレーとご飯を口に運びながらうなずく。


 風評被害ふうひょうひがいに苦しむ商店街の立て直し。それが今回、彼が持ってきた仕事だ。その顔見せを兼ねて参加した寄り合いが、昼間の出来事のようだ。

 報酬として示されたのは、普段受けている依頼からすれば破格とも言える額。けれども、商店街ひとつぶんの面倒を見ることを考えれば、まぁ安い。また騙されたね?


「成功報酬も考えてるってさ」

「そこまで出来るッスかね?」

「理屈の上では可能というやつだろう」

 目先の金に釣られおって。がめついぬめ。

「それでさ、みんな何か良い案とか持ってねぇかな?」

 首を横に振るウタさんとブッチー。当然だ。

「那由多は?」

 視線がわたしに集まる。ため息しか出ない。

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