第6話 美少年執事は要請したい
メスマール家の養子として潜入し、信頼を勝ち取れ。
その後、領主の唯一の孫であるマルティナを始末せよ。
そして跡取りとして、メスマール家を乗っ取れ。
これが『組織』から与えられた、ロデリックの任務だった。
幼い頃に戦争で両親や親族を失い、露頭に迷うロデリックと弟に手を差し伸べたのは、帝国に古来から根付く『組織』だった。
名前も知らされていないその『組織』は、引き取ったロデリックに貴族の嫡男として振る舞えるよう、英才教育を叩き込んだ。
いつか、どこかの家を乗っ取るために。
『組織』に属しているうちに、ロデリックたちが両親を失ったきっかけとなった戦争も、その『組織』が裏で手を引いていたことを知った。
だが、弟をなかば人質にとられているロデリックに、他の道はなかった。
マルティナの始末は組織によりプランをいくつか用意されていた。
上からは状況に応じて選択せよと指示されている。
①誘拐して殺す
②ロデリックが直接暗殺する
大きく分けるとこの2つに分かれる。
ロデリックからしてみれば、「①誘拐して殺す」にしたいところだ。
「②ロデリックが直接暗殺する」はどういう形であれ、ロデリックに疑いの目が向くのは避けられず、証拠も残るだろう。
そうなれば家の乗っ取りにも悪影響が出るのは間違いない。
組織からも誘拐が好ましいと伝えられていた。
ロデリックの事情に加え、屋敷内での暗殺よりも、誘拐で大騒ぎさせてから殺したほうが、メスマール家へのダメージが大きい。
...それを聞いたとき、ほっとしたのは嘘ではない。
きっと自分が一線を越えることを、人を直接殺すことを避けたいのだ。
マルティナの第一印象は、「甘やかされて育ってそうなお嬢様」だった。
彼女の、自分が愛されていることを疑わない眼差し。それはロデリックの人生ではもう手に入らないものだ。
そのマルティナは、潜入初日からことあるごとにかまってきた。
感情豊かな彼女は、ロデリックが皆に馴染めるよう振る舞っていた。
マルティナにつれられて館や村を歩くとみんなが笑顔で手を振ってくれる。
どうやら甘やかされているだけでなく、彼女は周囲の人間を愛し、また愛されているのも確かなようだ。
自分のせいで、この笑顔が永久に失われるかもしれない。
そう思うと、ロデリックの心に少しだけ暗い影が広がった。
--- ---
この女はどこかおかしいと気づいたのは、館にきて3日目だった。
メスマール流の道場を訪れたときだ。
引き締まった肉体をした門下生が、マルティナたちを見かけると駆け寄ってきた。
「お嬢様、お久しぶりです!」
「オットー!たった3日ぶりじゃない!」
オットーと呼ばれた男は、姿勢や雰囲気からかなりの腕前であることがわかった。
というより遠目にみても、この道場の門下生たちほぼ全員が、ロデリックが知っている『組織』の上級戦闘員たちに匹敵する力を持っていた。
全員が魔法剣を使い、宙を蹴って立体機動を行いながら打ち合いをしている。
信じられない練度だ。
メスマール流は人間社会の隅で細々とやってる田舎剣術集団と思われていたが、とんでもない。
『組織』がメスマール流で警戒していたのはあくまで《剣豪》ベアトリスと、その元弟子である《剣聖》ライオネルの2人だけだ。
メスマール家は、たまたま《剣豪》《剣聖》を輩出したというだけの地方流派であり、集団としてのレベルはそこまで高くない、という認識だったはず。
これはまずい。
すぐに『組織』へ報告をあげなければ。
焦るロデリックを尻目に、門下生のオットーがマルティナに謎の言葉を発した。
「お嬢様、今日は『馬』と『椅子』どちらにしますか?」
『馬』と『椅子』?
いったい何のことだろうか。
「今日はやめておくわ」
「そうですか...」
残念そうな返事をしたオットーは、そのままマルティナの隣にかがみ込んだ。
そして周りに聞こえないよう、口を手で覆いながらマルティナの耳元で囁いた。
「なら久々に大技『
と、『
一体何なんだ??
「ぐっ...やらない」
「残念です。お嬢様が道場へ来てくれれば皆も喜ぶんですがねぇ」
『
凄腕剣士の口から出たそれは、明らかに普通ではない何かだった。
ロデリックがたまたま聞き取れたのは特殊な訓練を受けているからであり、他者に聞かれてはまずいセリフだったのは間違いない。
早急に『組織』へ『
おそらくその直前の『馬』と『椅子』もなにかの隠語に違いない。
「では私はそろそろ訓練に戻ります。我々はいつでもお嬢様をお待ちしておりますよ」
そう言ってオットーは手を振りながら道場へ戻っていった。
道場に残っていた門下生たちも一度マルティナに手を振って、訓練を再開した。
「目的のために、目先の損得は無視しなければ...」
マルティナの独り言。
おそらく、さっきの『馬』『椅子』『
彼女は未来を見据え、何かに備えているのだ。
そして更に、マルティナが漏らした一言にロデリックは大きな衝撃を受けた。
「誘拐も、そろそろ準備しないと...」
!?!?
な、なんだと!
誘拐の計画がバレてる!?
まさか俺が工作員ということまで把握しているのか!?
い、いや待て。ロデリックにも聞こえるように言ったということは、最悪誘拐計画がバレていたとしてもロデリックのことまで把握はしていないはずだ。
当初の予定通り、館から連れ出し、門下生や館の護衛剣士たちから引き剥がしてしまえば、簡単に攫えるだろう。
マルティナも
両親は文官だし、娘も剣も握ったことはないだろう。
工作員数名で囲んでしまえば問題ない。
自分さえバレなければ何とでもなる。
ロデリックはそう思い込むことにした。
--- ---
それからさらに3日がたち、マルティナに対する「剣も握ったことのない貴族のお嬢様」という予想は簡単に打ち砕かれた。
「うおりゃああああっ!」
「お嬢様、お上手です!」
「将来は天才剣士!」
「マルティナ様サイコー!」
何かをぐるっと取り囲むように集まる門下生たち。
その中心に、明らかに普通でない量の魔力が込められた剣を、その辺の木の棒か何かと同じノリで振り回すマルティナがいた。
マルティナが剣を振るたび、門下生たちが次々と盛り上げるような言葉を掛けていく。
ロデリックは自分の表情が引きつるのを感じた。
しばらく赤く光る剣を振り回していたマルティナが、試し切りのために置かれた岩の前に歩いていく。
そして大上段に剣を構えた。
「いけーーぶった切れーー!」
「お嬢様かっこいいところ見せてーーー!」
「そりゃああああ!」
剣を振り下ろすマルティナ。
縦に、真っ二つに切り裂かれた岩が、ごろんと2つに分かれる。
その断面が赤く熱を帯びていた。
「ウオオオオオオオ!」
湧き上がる陽気な門下生たち。
え、俺、この女を誘拐するの?
無理でしょ。
こんな化け物、工作員5人で飛びかかっても剣一振りで全滅だ。
早急に『組織』へ報告を上げなければ。
あれから『
『
誘拐対象が魔法剣を使える剣士など、事前の想定にはなかったのだ。
その後、ロデリックは誘拐のための準備を大幅に強化するよう、『組織』に要請を出した。
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