第7話 美少年執事の計画

ロデリックを、ボコる。

早急にボコる。


しかしあの男は常に帯剣していた。

魔法剣こそ使えないようだが、剣の訓練は受けているように見える。


素手だ。素手で剣に対抗する手段を見つけなければ。


幸いなことに、アテはあった。


一流の剣士は剣に魔力を通して戦う。

魔力の通った剣は、通常の剣の何倍も硬く、鋭くなり、あらゆる物を斬り裂く兵器となるのだ。


なら自分の拳(こぶし)に魔力を通せば、魔力の通っていない剣など粉砕できるのでは?


今まで自分の肉体に魔力を通した人間はいない。

怪我のリスクも高いし、そもそも魔力を通すなら最初から剣で良い。

つまり、意表も突ける可能性が高い!


この気付きを得てから、私は毎晩、自室で訓練をした。

全てはあの憎たらしい顔を粉砕するためである。


素晴らしいことに、訓練の成果はすぐに出た。

通した魔力により、右腕が赤く光る。


今まで経験から、武器として振るうのに十分な量の魔力を通せているのは間違いない。

しかし室内では試し切りは難しい。


私は窓から部屋を抜け出すと、森の奥へと入っていった。


木で試し切りさせてもらおう。





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ロデリックが潜入して10日が経った。


幸いなことに、メスマール家に取り入るのは簡単だった。

彼らは武家であり、謀略の類には慣れていなかったのだ。


文官組であるマルティナの両親が最大の障壁になると思われたが、そこは組織が全力で対策していた。

偽の経歴やカバーストーリーの作成、関係者役との口裏合わせなど、あの2人が取れる伝手の全てに細工した。

その結果、2人は自らが選んでロデリックを養子として迎え入れたと思っている。

が、実はすべて組織の計画通りなのだ。


領主も、娘夫婦の査定を通過したということでロデリックに対し随分甘い判断をしているようだ。


領主自ら、マルティナから自衛のための剣を取り上げたときは笑ってしまいそうになった。



館の人間はほぼすべてロデリックの味方になったが、唯一の誤算はマルティナがロデリックに敵意を剥き出しにしていることだ。


すべての人間にいい顔をすることは難しい上に、取り入る優先順位というものがあるため、仕方ない部分ではある。


しかし武装解除に成功したことで、誘拐計画は大きく前進した。


剣のない剣士、それも女児など大したことはない。


あとはマルティナを連れ出すだけだ。



自室で『組織』への報告書を書き終え、ふと窓を見ると、マルティナが外を歩いているのが見えた。


なんだろうか。

しかし任務のためには追うべきだろう。


ロデリックは報告書を隠すと、マルティナの後を追った。





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無理だ、この女の誘拐は絶対に無理だ。



森を軽やかに歩くマルティナの後をつけていったロデリック。

その先で目にした光景は、絶対に誰にも信じてもらえないだろう。



木の前で右腕を振りかぶるマルティナ。


ロデリックが何の意図があるのか考えた瞬間、マルティナの右腕が赤く光り、そしてそのまま木に振り下ろされていった。



は?



気がつけば、大人が一抱えできるかどうかというぐらいの太さの木が、真っ二つに叩き切られていた。


「ふぅ、剣(けん)がないなら拳(けん)を振るえば良いじゃない。帝国暦1310年、マルティナ・メスマール」


上手いこと言えたわぐははははは、と一人で笑うマルティナの背後で、ロデリックは呆気にとられていた。


足が震えるのを感じた。


心が怯えているのを感じた。


気づいたときには、思わず腰の剣に手を掛けていた。


あり得ない。

こんな化け物がこの世に存在しているなど絶対にあり得ない。


機嫌よくスキップで館へ戻っていくマルティナに気づかれないよう、ロデリックは全力で息を殺して隠れていた。


生半可な準備では、あの化け物を捕えることなどできない。


全力だ。

ロデリックの全力を以て『組織』にマルティナの危険性を説き、最大級の準備をさせるのだ。




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その日以来、ロデリックはたびたび悪夢を見るようになった。

マルティナに襲われる夢だ。


夢はロデリックが森の中を歩くところから始まり、途中でマルティナと出会う。


彼女はとても愛らしい笑顔で、しかし両手は赤く血に染まっている。

その足元には、『組織』の工作員たちがバラバラになって転がっていた。


夢の中のロデリックは必死に逃げようとするが、足がまったく動かない。


両腕を上げたマルティナが猿のように飛び跳ねながら走ってくると、その両腕をロデリックに振り落とし....



そして毎朝、汗だくで目が覚めるのだ。




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最近、ロデリックの顔色が悪い気がする。


ロデリックのお行儀指導はストレスが溜まるのは変わらない。


しかし魔法剣ならぬ魔法拳の実験に成功した私は、いつでもこいつをぶっ殺せるという心の余裕ができていた。


正義を為すための拳だ。

この世界が、暴力が肯定される世界観で良かった。


しかしまぁ、ぼーっとしているロデリックは初めて見る。

上の空で何を考えているんだろうか。


それと近頃、妙に距離を取られている気がする。

なんでだろ?


「ねぇ、ロデリック!続きは?」


「えっ、あっ...失礼しました」


本当に珍しい。

体調が優れないのかな? 弱っているなら闇討ちのチャンスだ。


「大丈夫?何かあったの?」


「い、いえ。ここのところ寝不足でして」


「あら、悪い夢でも見たの?」


「...ええ、恐ろしいおばけに身体をバラバラにされる夢を見ました」


夢に出てきたおばけが怖くて寝れない?

ロデリックも案外可愛いところがあるではないか。


ここは落ち込む男性を勇気づける系お嬢様のアピールをしておこう。


「なら次から私が夢に出て、ロデリックを守ってあげるわ!」


「..........」


無反応だ。

滑ってしまった。


まぁいい。

都合が悪くなったらいつでもこの魔法拳で有耶無耶(うやむや)にしてしまおう。




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『組織』によるマルティナ誘拐作戦の、決行日が来た。


マルティナを捕えるために、まさしく過剰とも言える準備が為されていた。


地面に埋めておき、誰かが踏めば爆発するという地雷、

猛獣をも昏倒させる麻痺薬を矢に塗ったクロスボウ、

幻獣や魔獣の類を拘束できるという魔封じの鎖。


これらの強力な装備を惜しげもなく投下する必要があると、『組織』は判断したのだ。


ロデリックに知らされた作戦の流れはこうだ。




まずロデリックがマルティナを館の外の森に誘い出す。


作戦地点までマルティナを連れてきたら、地雷原へ誘い込み、地雷で機動力を奪う。


爆発後、すかさず工作員たちにより毒クロスボウの十字砲火を浴びせる。


傷を負い、毒で弱ったマルティナが動けなくなるまで追跡し、魔封じの鎖で拘束して作戦完了だ。




あまりにも容赦がない作戦に、ロデリックは肝が冷えると同時に安心もした。

正直、『組織』がここまで用意してくれるとは思わなかった。


これであれば、マルティナどころか完全武装の一流剣士ですら制圧できるだろう。

どんな人間でも五体満足でいられるとは思えない。


だが心にチクリとくるものも、ないわけではない。


あのお嬢様は周囲を愛し、愛され、自らもメスマール家の一員として剣の腕を磨いている女性だ。

あの笑顔を、自らの不遇を言い訳に、この世界から永久に消してしまっても良いのだろうか。

人質にされている弟に、自分がこれからやることを胸を張って伝えることはできるだろうか。



ぐっと、奥歯を噛みしめる。

そうだ、これでいいのだ。迷いは隙を生む。


もし作戦が失敗したら、ロデリックはメスマール家、『組織』のどちらかに消されるだろう。

そうなれば弟も道連れだ。


余計なことを考えるべきではない。

本当に大切なものは自分と弟だ。


目先の良心に心を動かされるべきではない。


ロデリックは深呼吸すると、マルティナを呼び出すために寝室へ向かった。

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