第4話 美少年執事ロデリック

10歳になった。


あれから私は現時点で手早く達成できそうな、数多あまたのシチュエーションを検討した。


そして得られる満足度と、実現の難易度を比較した結果、ひとつのシチュエーションが最有力候補として浮かび上がった。


『誘拐&救出』シチュである。


『イケメンにかけられた呪いを解除』とか『身分を隠した王子様と偶然の出会い』とか『偽装結婚だけど真実の愛に変わる』とか、定番のものはたくさんある。


しかしこれらは定番シチュの割に、現時点ではなかなかハードルが高い。

呪いをかけられたイケメンと、呪いの解除手段が、そのへんにセットで落ちてることはなかなかないだろう。



その点、『誘拐&救出』シチュは現時点でも現実味がある。

なんといってもさらわれるだけで、目的の半分が達成できてしまうのだ。


しばらくこの世界で生きてきて分かったことだが、この世界、割と危険が危ない。


森の奥に入れば狼や熊が、領地の外に出れば盗賊が普通にいる。


箱入りで可憐で愛らしい深窓の令嬢マルティナが街の外を歩けば、あっという間に『攫われてしまうことができる』はずだ。


(ちなみに館の近くの森は狼も盗賊も出てこない。メスマール流本家とかいう究極の暴力集団がいるから)



しかし誘拐に成功(?)したとしても、助けてくれるイケメンがいないことには、ただの攫われたお嬢様だ。

現時点では、私が大好きで、かつ私のために命をかけて私を助け出してくれるイケメンがいないのだ。


確かに道場の門下生たちはイケメン揃いで、私のことを大変可愛がってくれる。


しかし彼らは、私のことを可愛い子犬ぐらいに思っているフシがあり、恋愛感情がある様子はまったくない。



どこかに、同年代で都合の良いイケメンはいないものか...




--- ---




「やぁマルティナ。今日は君の弟を紹介しよう」


「弟??」


ある日の朝、書斎へ呼び出された私は、父親であるハロルドから衝撃の告知をされた。


弟とは??


母上が妊娠している様子はまったくなかった。

というか父はこの1年ずっと帝都にいて、帰ってきたのはつい最近のはず。


あー、これはアレか。


不倫か。


「絶対違うよマルティナ」


「お父様、私はまだ何も申し上げておりません」


「顔に出ているよマルティナ」


不倫じゃないのか。


ああ、貴族的には側室というやつかな?

婿養子の分際で母上を差し置いて帝都の愛人を妊娠させ、あまつさえ妻の実家に迎え入れるとは。

なかなか良い根性をしておられる。


「母上がお一人でお祖父様を支えている間、お父様は帝都で愛人を囲われていたのですね。

 赤子に罪はありません。新たな弟もその母も、私が責任を持って面倒を見ます」


「ひどい誤解だよマルティナ」


「いいえ、お父様。そしてお父様は、切り落とされる覚悟をお願いします。

 ご安心ください。《剣豪》直伝の私の灼熱剣は、人体の一部を切断しても出血することはありません」


「そろそろ止めようマルティナ」


何を止めるというのか。


私もいつかは『夫に内緒の禁じられた関係ロマンス』シチュを堪能してみたいが、自分の親が実行するのはいただけない。

自分がやればロマンスだが、他人がやると不倫なのだ。


「この件、母上はご存知なのですか?」


「ご存知も何も元はサリアの提案なんだけどね...待たせたね、入っておいで」


「ハロルド様、失礼します」


私の背後の扉が開き、黒髪黒目の同い年ぐらいの男の子が入ってきた。


黒曜石のように艶やかな黒髪に、黒真珠のように澄んだ瞳。

右目の目尻にある小さなほくろが、吸い込まれるような瞳を強調している。


び、美少年だ。


「紹介するよ。彼の名前はロデリック。マルティナと同じ10歳だそうだ。

遠い親戚なんだけど戦争でご両親が亡くなってね、養子として引き取ることになったんだ」


「マルティナ様、ロデリックです。よろしくお願いいたします」


心をくすぐるように甘い声で挨拶し、頭を下げる美少年。


私は衝撃のあまり言葉が出なかった。


こ、この美少年と一つ屋根の下で暮らすことになる...?


なんということだ。思ってもみなかった方面から定番シチュが突っ込んできた。

自分の心が大きくざわめいているのを感じる。


「彼はこれからメスマール本家の人間になるわけだけど、いきなり本家筋と同じ扱いにすると色々と問題が起きるだろう。

だから、ロデリックには執事見習いとして、マルティナの面倒をみてもらうことにするよ」


なるほど確かに。

他所からきた大して貢献もしていない人間を、本家筋として敬うことを強要するのは、周囲の反感を買うだろう。


さてはお父様、婿養子としてさんざん苦労したなこれは。


最近気付いたが、メスマール家では剣の腕と敬意が比例するフシがある。


お父様は文官タイプで剣の腕はさっぱりだ。

ついでに文書処理や帝都での交渉役など、目立たない仕事を担っている。


目に見える仕事をせず、剣も振れない男に周囲の当たりもきつかったに違いない。


「仕事を頑張って皆に認めてもらえれば、本家の人間として振る舞うようになっても角が立たないはずだ。

 それとは別に、いまマルティナが受けている勉学の授業や、剣の修業も一緒に受けてもらうよ」


「はい、義父おとう様」


再びとろけるような甘い声で、ロデリックが返事をする。


そのとき、私に一つのひらめきが、稲妻のように走った。


こ、これは...!!


「ではこれから―――」


私はもう、父親の言葉はまったく聞いていなかった。


これだ。このイケメンだ。


このイケメンに、誘拐された私を救い出してもらうのだ!!




--- ---




顔合わせが終わったあと、父とロデリックは話をしなければならないというので、私は書斎から追い出された。


これはタイミングが良い。

作戦を練る時間ができた。




まず、おおよその筋書きはこうだ。






# ~ # ~ # ~ # ~ # ~ #


最初はなかなか館に馴染めないロデリック。

そんなロデリックが皆に受け入れられるよう尽力する令嬢マルティナ。


氷のように冷えきったロデリックの心を、マルティナの情熱が少しずつ溶かしていく。


そんなある日、突然マルティナが誘拐されてしまう。

愛するお嬢様を助けるため、ひとり剣をとって助けに来るロデリック。


戦いの果て、お嬢様を助け出し、お姫様だっこして帰還するロデリックを、皆が喝采して迎え入れて大団円。


そこから、2人の仲は急接近するのだ....


# ~ # ~ # ~ # ~ # ~ #







これよ、これこれ。


これぞ、私の理想の第一幕を飾るにふさわしい、王道の甘々シチュエーションだ。

細部の変更はあるかもしれないが、かといって大きく変わることはないだろう。


このプランが素晴らしいのは、関係者全員が幸せになる点だ。


ロデリック君はお手柄を手に入れてハッピー

私も夢のシチュエーションを堪能できてハッピー

メスマール領も盗賊が他の領民に手を出す前に排除できてハッピー


まさしくWin-Winというやつである。

ロデリック君の剣の腕前はまだ知らないが、盗賊の相手が手に余りそうだったら事前に間引きしておくのも手だろう。


この筋書きにおいて、何よりも重要なのはロデリックにマルティナへ好意を持ってもらうことである。

誘拐されても無視されたら悲しい。


というわけで『ロデリックくんマルティナ大好き作戦』を実行するのだっ!




--- ---




まず、私はロデリックをたくさんかまってあげることにした。


やはり距離の近い異性は得点を稼ぎやすい。

地道に接触量を稼ぐことこそ、王道である。


幼馴染最強理論だ。

なっちゃんだってあらゆるライバルを押しのけ、大変にモテていたはずのあっくんと付き合っていた。


...最終的にポイしてたけど。


つまり、ロデリックの好意をはぐくむために、私もロデリックに絡みまくるべきなのだ!


というわけで、翌日から私は作戦を実行に移すことにした。


「おはようロデリック! 館を案内するわ!」


「こんにちはロデリック! 訓練場を案内するわ!」


「こんばんはロデリック! お茶はいかが?」


「おやすみロデリック! また明日!」


「おはようロデリック! 今日は――――」



それから数日、私はロデリックをあらゆる場所へ連れ回し、共に勉強し、訓練を受け、食事も3食すべて一緒にとった。

一緒にいないのはロデリックが執事の修行をしているときだけだ。


作戦はすべて順調だ。

ロデリックはマルティナのことが気になって仕方がないに違いない。


いまごろどうやってマルティナに気に入られるか、考えていることだろう。


いっぱい仲良くなるぞ!




...しかし、その後、私の完璧な計画は早くも軌道修正を迫られることになった。




--- ---





「お嬢様、おはようございます」


ロデリックがメスマール家にきて、しばらくたったある日の朝。


ロデリックが私を起こしに来た。


ロデリックは極めて向上心にあふれる男の子だった。

私より早く起きるし、私よりしっかりしてる。


私がロデリックより早く起きていたのは、最初の3日ぐらいだ。


「お嬢様、おはようございます」


同じ言葉を繰り返すロデリック。


狸寝入りで惰眠をむさぼる私を前に、10秒ほど待機状態に入る。


「お嬢様、失礼します」


「ほげっ」


躊躇なく布団が剥がされる。

大変寒い。


「なっ何するのよ!」


義母おかあ様より、『鉄の棒を振り回して吠えるだけのあの猿を、今日こそは人間に戻せ』とのお達しを受けております」


地獄のように冷たい瞳で私を見下ろすロデリック。

出会ったときに若干感じた敬意は、今はもうかけらも残ってない。


ロデリックと仲良し作戦は、開始3日目ぐらいでボロが出始め、10日目には完全に破綻していた。


なんとこのロデリック、館の中で誰に取り入るべきか、正確に見抜いていたのだ。

それは自称『深窓のご令嬢』で、鉄の棒を振り回して吠えるだけの猿ではなかった。


ロデリックが取り入ったのは、メスマール領主の次女にして領地経営の実務を取り仕切り、威厳だけで館の人員や門下生たちを従わせる、私の母親サリアだったのだ!


慧眼と言わざるを得ない。


この館で10年過ごしてきた私と、やってきて10日そこらのロデリックとで、今では力関係が完全に逆転してしまっていた。


「こ、この野郎、調子に乗るんじゃねぇ!ぶっ殺してやる!」


「そうですか。ではシーツを変えるのでそこをどいていただきますね」


そう言って私の足首を掴むロデリック。


は?


と思った次の瞬間、私はベッドの上から空中にぶん投げられた。


「ほげぇっ!」


私はぐるぐる回転して、寝室の開けられていたドアから廊下に飛び出し、

なぜか廊下で待ち構えていたメイドたちの持っていたシーツに顔から突っ込んだ。


ずるずるとシーツからずり落ちる。


じゅ、準備が良すぎる。


「おはようございます、お嬢様」


「お、おはよう、アンナ」


シーツの端を持っていた4人のメイドたちの隣から、やや歳上のメイドが顔を出した。

名前はアンナ。館のメイドの中では古株である。


「あの、私、ぶん投げられたんだけど」


「そうですね、お嬢様」


「投げたのは、あの、ロデリックとかいう奴なんだけど!」


「そうですね、お嬢様」


「あいつ、敬意、足りなくない?」


「そうですね、お嬢様」


そこで私は悟ってしまった。


こいつら、グルだ。



「う、裏切ったのねアンナ!」


「そうですよ、お嬢様」



こ、こいつ!


ロデリックは母上どころか、メイドたちにまで味方につけたらしい。

浸透力が高すぎる。


事前に予定していたシナリオには「最初はなかなか館に馴染めないロデリック。」とか書いていたが、まったくそんなことない。

それどころか完全に館の人たちに取り入っている。


「お嬢様、本日は早起きしていただいて助かりました。洗濯は朝のうちに済ませたいので」


背後から聞こえる甘い声。


シーツを持ったロデリックが、非常に爽やかな笑顔で部屋から出てきた。


「は?」


睨みつける私をスルーして、ロデリックはアンナに持っていたシーツを渡す。


「はい、アンナさん。シーツの取り替えに成功しました。

 暴れ猿に困ったらいつでもお手伝いしますよ」


「助かるわ、ロデリック。次もまたお願いね」


い、一線越えとる。

堂々と館付きメイドたちの前で、本家の令嬢のことを猿よばわりしやがった。


普通だったらその場で首をはねられてもおかしくない。


「お、お、おまえおまえ!」


「どうかされましたか、お嬢様?」


「何言ってくれちゃってんの? 猿? いま私のこと猿って言ったか?」


「さぁ、何のことでしょうおさるさ...お嬢様。ああ、私は他に用事があるので、これで失礼します」


「ウッッキーーーー!!」


手早く立ち去るロデリックに、私をガン無視してテキパキと仕事に移るメイドたち。


あかん、メイドたちはすっかりロデリック派だ。

もしくはロデリックの背後にいるお母様に従っているのか。


まずい。このままではロデリックにされるがままになってしまう。


早急に打つ手を考えなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る