第3話 脚本家になるぞ!

9歳になった。


あれから1年、ずっと門下生たちにちやほやされる毎日を送っている。


彼らは椅子の役も、馬の役も、自ら進んでやってくれる。

そして訓練の時間がくると指導役に怒鳴られて大慌てで去っていく。


極めて充実した生活だ。前世も含めて人生で最も有意義な日々を過ごしている。


そのはずなのに。

そうであるはずなのに。


なぜか、最近楽しくなくなってきたのだ。


あれだけ満ち足りていた気持ちが、少しずつしぼんでいくのを感じる。


イケメン椅子に座っても。

イケメン馬にまたがっても。

イケメン大喝采を受けても。


心に響かなくなってきた。


アイデンティティの危機である。

このままではまずい。


イケメン3人で騎馬を作ってもらい『三重複合陣(トリプルコンプレックスサークル)』などという仰々しい命名をしてみるなど、小手先でパターンを変えたりしても無駄だった。


ゆるやかな飽きという恐怖が、すぐそこに迫っている。


このままではそう遠くないうちに、この胸の内にある、私が生きる理由は燃え尽きてしまうだろう。


だが私はずっと有効な手立てを打てないまま、漠然とした日々を過ごしていた。





--- ---





「ほげぇえええええええ」


私は木刀で顔面をぶん殴られ、派手に吹っ飛んで地面の上を転がった。


まったくお嬢様らしくない声が口から漏れる。


「8歳で剣に魔力を通したと、お前の母サリアに聞いたが。まったく期待はずれだな、マルティナ」


木刀を肩に乗せて、壮年の女性がそう言った。


私の母の姉、お祖父様の第一子である《剣豪》ベアトリス。


9歳女児の顔面を遠慮なく木刀でぶっ叩いたお方である。前世だったら警察案件だ。


「まったく。本家の人間というだけで持ち上げられ、調子に乗っているな。お前の剣には『意志』がない」


「ほ、ほげげ...」


なにか言い返したいが、顔が引きつって変な声しか出ない。


「剣のために剣があるのではなく、目的のために剣がある。お前は何を思い、剣を握った」


「な、なにほひっへ...」


普段は帝都にいる伯母が里帰りしてきたのが昨日の夕方。


姪っ子が最近剣を振り回すのにハマってると聞いたらしいのが昨日の夜。


ぐっすり寝ている姪っ子を叩き起こして、訓練場に引っ張ってきたのが今日の朝。


スイカ割りみたいに姪っ子の頭を木刀でぶっ叩いて、謎の問答が始まったのがついさっきである。


私は木刀ではなく真剣を持たされているが、役に立つ気配はまったくない。


「私と同じく、誰に強制される訳でもなく自ら剣を握ったと聞いたが。私はそのきっかけを尋ねているのだ」


そんなもん決まってる。

イケメンたちへの下心だ。


しかし私は知っている。

これ、そのまま口に出したら頭をかち割られるやつだ。


黙っている私に、伯母は木刀を突きつけた。


「どうした。話すこともないのか。ならやり返して見せろ。実際の敵は手を止めたりしないぞ」


????

なんでいきなりバトル漫画の特訓シーンが始まってるの???


「ちょっ、待っ」


「甘い!」


「ほげぇっ」


手を前に出して待ったを掛けようとしたら、再び顔面に衝撃を受けてぐるんぐるんに縦回転して吹っ飛んでいた。


鬼だ。


「剣を握ったのなら、あらゆる言い訳は通じん。言葉を語りたくば、まず剣を以て相手を制圧せよ」


「さ、さっきといってることがぜんぜんちがう!」


暴力至上主義にもほどがある。

私はゴルフボールに転生したんじゃない!


「時間をやる。10数える間に、剣に魔力を通して構えをとれ」


伯母はそう言って木刀を肩に乗せた。


し、仕方ない。

やらなければ、やられてしまう。


バトル漫画路線をラブコメ路線へ切り替えるのだ。暴力で。


「クソババァ、ぶっ殺してやる! 死ねええええ!」



--- ---



「ナマいってすんませんでした」


めちゃくちゃ腫れ上がった顔で、私は白旗をあげた。


伯母の木刀は私の防御を容易にすり抜け、顔面をあらゆる角度からぶっ叩いていった。

私でもわかるぐらいの人間離れした技だった。やったことも非人間的だけど。


ちなみに私が握らされていた真剣は、真っ二つになって両方とも地面に突き刺さっている。


魔力も通していない伯母の木刀により、途中で折られてしまったのだ。

バケモンか。


「魔力を通してからは悪くなかった」


自分の肩を木刀でぽんぽん叩きながら伯母が言った。


「だがお前はその場の思いつきや、状況に流されるがままに剣を振っている」


9歳女児が目的(殺意)を持って、刃物を振り回す世界は終わってると思います。


「剣は目的なくして大成せん。結果だけを求めるな。結果に至る過程を見つめ直せ」





...こ、これだ!!




私は伯母の言葉に大きな衝撃を受けた。


きっと目を大きく見開いているだろう。


私は短慮により、イケメンにちやほやされるという結果だけを追い求めていた。




だが、それではいけないのだ!

伯母の言う通り、結果を求めるなら、過程こそが重要なのだ!!




私をこの道へと誘(いざな)ったマンガ『CHIYA x HOYA』は、主人公の女の子がイケメンたちにあらゆる方法で甘やかされる作品だった。


確かに、甘やかされシーンという、作品の最も美味しい部分だけに意識を持っていかれたのは仕方ない。


しかし、あのマンガは甘やかされシーンだけではなかった!

甘やかされ、お姫様抱っこされ、壁ドンされ、椅子にしたり、馬にしたりするシーンだけではなかった!


それらは全て、そこに至るまでの『経緯』というものがあったのだ!

イケメンたちがヒロインに惚れるための『経緯』こそ、もっとも重要な要素なのだ!


初めから終わりまで、全ページ壁ドンし続けるマンガなど、この世に存在しないのだ。




満足のためには、シチュエーションこそが重要になる。



イケメンと一緒に問題を乗り越えてこそ、その先の仲良しシーンに力が宿る。


誘拐されたヒロインを助け出した後だから、お姫様抱っこに魅力が生まれる。


お互い何かと衝突していたという背景があるから、壁ドンは人を引き付ける。


ワイルド系のイケメンが賭けに負けて、という理由があるから、椅子プレイに映えが発生する。


高圧的で他人をこき使ってきたイケメンを屈服させるという勧善懲悪劇により、お馬さんプレイにカタルシスが生まれる。




これらは前半の経緯こそが重要なのに、私は今まで結果の部分しか考えてこなかった。

これは失態だ。でも、今からでも軌道修正はできる。



目標は定まった。私は、これから脚本家になるのだ!


環境に流され、眼の前に転がってきたコンテンツを消費するだけの人間ではいけない。

コンテンツを自ら生み出さなければ、求める物は得られないのだ。



「...何かを悟ったようだな。痛めつけてすまなかった。

 この時代で、お前が道を切り開いていける人間になれるよう、祈っているよ」


そう言って伯母は木刀を肩に乗せたまま、館の方へ去っていった。


あ...伯母のことをすっかり忘れてた。



--- ---



それから伯母は私を10日ほどしごき続け、帝都へ帰っていった。


《帝国四剣》の一柱である《剣豪》に、暇はないらしい。


木刀で顔面を叩かれた恨みは忘れていないが、私が見落としていたものに気づくきっかけをくれたことには感謝しよう。

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