第2話 アイ・アム・マルティナ
気づいたら、私は赤ちゃんに転生?していたらしい。
まぁ毎日のようにイケメン(おそらく父親)にお姫様抱っこされていることに比べれば、割とどうでも良い。
ゆらゆら揺らされるたび、私は心の奥底から歓喜の叫び声を上げるのだ。
「◯◯◯◯◯~、◯◯◯◯◯~、◯◯◯◯ーーー」
「ああーー!ああーーー!」
何を喋ってるのかさっぱりわからない。
どうやらここは前世と同じ国ではないらしい。
また赤ん坊のためか、五感に加えて思考ももやがかかったような感じになっている。
これはしばらく大人しくしていよう。
どうせ赤ん坊など、寝るか泣くぐらいしかすることがないのだ。
--- ---
3歳になった。
ちゃんと数えてないけど、前世の1年と同じぐらいの日数で季節が一周するようだ。
1日の時間もほぼ同じだと思う。
私が生まれたのはそれなりに大きい家のようだった。
お手伝い?っぽい感じの人がそれなりにいるのと、その人達から敬われてる感があったので私も当主筋の人間で間違いないだろう。
つまり、私も名実とともに晴れてお嬢様になったのだ。
私はこの世界で0.1%ぐらい幸運を引き当て、そこそこいい身分に転生したらしい。
前世では実現ハードルが極めて高かったリアル王子様やリアル騎士様との遭遇も現実味が出てきた。
きっと暗殺者や海賊といったアウトロー系イケメンも存在しているに違いない。
というわけで、私は田舎領主であるメスマール家の女『マルティナ』として、この世に生を受けた。
前世では達成できなかった、顔の良い男にチヤホヤされる逆ハーレムを今度こそ作りあげるのだ。
--- ---
5歳になった。
「おーい、荷馬車が来たぞー!」
「よっしゃ! 靴下の替えくれ!」
「甘いのない~?」
到着した荷馬車に人々が群がる。
周囲を森と畑と牧場に囲まれたド田舎辺境のメスマール領には、定期的に都会から荷馬車がくる。
食料は自給できてるらしく、荷物は衣服や薬に肥料、嗜好品などのようだ。
「マルティナお嬢様、お菓子もありますよ!」
「たべる!」
「サリア様には内緒ですよ!」
馬車に載って荷物を降ろしている若い男が、包装紙入りのお菓子を投げてくれた。
サリアとは鬼...ではなく母上の名前だ。
母上はメスマール家の現当主であるお祖父様の、次女らしい。
私にとても厳しい。地獄の教育ママだ。
受け取ったお菓子の包装を破ってまじまじと眺める。色や形をみるにクッキーらしい。
口にいれると、焦がした砂糖とバターの香りが広がった。
「おいしい!」
「都会の方じゃ流行ってるらしいですねぇ。何年か前から砂糖がたくさん輸入できるようになって、お菓子の工場がいくつも出来たとか」
ほほー。
何でもかんでもその辺で手で作ったり直したりしてるので、文明レベルについてはそんなに高くはないかなと最初は思っていたが、実はそうでもないらしい。
そういえば馬車で運ばれてくる衣類はどれも機械製っぽかったので、都会の方は工業化が進んでいるのかも。
もしかしたら自動車や列車もあるのかもしれないが、こんな田舎に給油施設や線路を作るメリットはなさそうだ。
頭が良かった前世の二番目の兄なら、見聞きしたものからもっと詳しく分析できていただろう。
が、私はイケメン以外にあまり興味がないのでその程度の理解にとどめている。
--- ---
剣を振る2人の男たち。
「ハアッ!」
「うおおおおっ!」
8歳になった。
私は訓練場で、剣を振っている門下生たちを眺めていた。
うっすら気づいていたが、どうやらこの世界は剣と魔法の世界らしい。
そしてメスマール家はド田舎にありながら、メスマール流という有名な剣術の本拠地だそうな。
ただの田舎領主ではなかったようだ。
そしてそのメスマール流剣術を学ぶために、わざわざ遠方から留学してくる若者がたくさんいるらしい。
「ほいっと」
「おっ、やるな!」
2人で打ち合い稽古をしている門下生のうち、片方が相手の頭を飛び越えて背後をとった。
もう片方も相手の剣をかわして着地に突きを合わせる。
どうもこの世界の人間は、身体能力が前世とは比較にならないぐらい高いらしい。
なんだったら、たまに物理法則に反してそうな動きもしている。
みんな当然のように車もびっくりな速度で走っているのは理解できなくもないが、水の上を走ったり、たまに空中を走っているのを見せられると、あーここやっぱ地球じゃないんだなと思った。
剣と"魔法"の世界と言ったが、これがその理由だ。
彼らは横断歩道に車が突っ込んできても、難なく避けるだろう。
というかたまに剣が赤や青に光ってる人たちもいる。
ヲタ芸かな?
それにしてもびっくり人間ばかりだ。
というか私も頑張ればあれぐらいやれるのでは?
そしてあわよくば、あのイケメンたちにお近づきできるのでは?
私はあたりを探すと、ほどよい長さの木の枝を見つけた。
「とりゃああああああ!!」
「おー、お嬢様なかなかやりますねぇ!」
「素晴らしい剣筋ですよ! これは将来有望間違いなし!」
夢中で枝を振り回していると、いつの間にか周囲に門下生たちが集まっていた。
休憩時間らしい。
みんな10代後半から20代前半ぐらいの、引き締まった肉体をしたなかなかな美青年たちだ。
とりあえず思うがままに枝を振り回し続ける。
「そりゃっ!そりゃっ!」
「お上手です!」
「才能ありますよ!」
めっちゃ褒めるやんけ。
...そしてそこで、私はひとつの可能性に気づいてしまった。
ここは田舎なので娯楽や話題がなく、珍客は歓迎される可能性がある。
さらにメスマール流門下生の彼らにとって、メスマール家のお嬢様はご機嫌取りの対象ではないか、と。
たくさんのイケメンに囲まれて、ちやほやされる夢が今ここで叶ってしまうのでは?
「かの剣豪を思わせる鋭さ!」
「さすがメスマール家のご令嬢!」
「マルティナ様最高!」
その目論見は見事あたった。
なんと適当に木の枝を振り回すだけで、めちゃくちゃに褒められるのだ。
ちやほやなんてレベルではない。
これが...噂の接待というか!
私はテンション爆アゲで木の枝を振り続けた。
「お嬢様、剣も振ってみますか? 刃引きしてあるものです」
「やる!」
気持ちよくなった私は、指導役らしい初老の男性から小ぶりな剣を受け取った。
木の枝と違って手にずっしりとした重みを感じる。
「しっかり握って、上に構えてください」
「うん!」
私は教官の言う通り、両手で剣を握り、頭の上まで持っていった。
大上段とかいうやつだ。
「そりゃっ! ...っとと、これ重い」
「ははは、なかなか様になっていますよ、マルティナ様」
「私も光るやつやってみたい!」
「魔力の運用はマルティナ様には早いですねぇ」
「えーーー!」
「もっと精神が成長してからでないと」
「えーーーーー!」
残念だ。ヲタ芸やってみたかったのに。
「まぁまぁ。まずは精神を落ち着け―――」
なんか難しい説明が始まった。
精神がうんたら、魔力?がうんたら、調和がうんたら。
私はその説明をほぼ全て聞き流していた。
15歳ぐらいの男の子も剣を光らせていたので、もっと簡単にやれると思っていたがそうでもないらしい。
自分からお願いしておいてなんだが、私は別に剣がうまくなりたいとかまったく思っていないのだ。
剣も魔法もあって良いが、バトルがメインコンテンツになるのはちょっと...いやだいぶ困る。
バトルものは私の求める世界とコンセプトが異なるのでやめてほしい。
私は顔の良い男にちやほやされたいのであって、剣と魔法で大活躍&立身出世とかしたい訳ではないのだ。
剣を振り回すお嬢様がモテまくる世界観だったら全力で練習するけど。
「では、集中して剣を振り下ろしてみてください。その剣は訓練用ですが、魔力に耐えられるようになっています」
あ、話が終わったらしい。
まぁどうせ無理でしょ。
形だけでも私は精神を集中させ、頭の上に構えていた剣を一思いに振り下ろす。
「そりゃっ」
あ、剣が赤く光ってる。
そう思ったときには剣は振り切られ、地面に突き刺さっていた。
ちょっと土が焦げてる。
「マルティナ様お上手です!」
「すごい!天才!」
「100年の1人の逸材!」
すかさず褒めそやかす門下生たち。
き、気持ち良すぎる。
「これそんなすごいの?」
「まぁ普通ですね」
普通なんかい。
「8歳で出来たのは早い方ではありますけどね。
剣を握れば誰でも半年ほどで出来るようになりますよ」
「ほえー」
「ちなみにあなたの伯母であるベアトリス様は5歳で出来ていました。いま、帝都で《剣豪》と呼ばれているお方です」
バケモンか。
--- ---
それから私はちょくちょく...いやほぼ毎日訓練場に通うようになった。
もちろん接待プレイ目当てである。
剣を縦に振ったら拍手が、横に振ったら歓声が、魔力を通せばまさしく大喝采が飛んできた。
いつの間にか門下生だけじゃなくてメイドさんたちも観客に入ってる。ノリよすぎ。
イケメンにちやほやされたいという欲求が、ここまで簡単に叶えられるとは思わなかった。
なんだったら剣に限らず、何をして見せてもめちゃくちゃ盛り上がることにも気づいてしまった。
石ころでお手玉をしたら大喝采、足し算が出来たら大喝采、一人でお着替え出来たら大喝采。
みんなもりもりの盛り上げ上手だ。
「いけ!しゅっぱつ!」
「ヒヒーン!」
「うおおおおおお! いけいけ!!!!」
そして...マルティナお嬢様の愛らしさなのか、家柄パワーなのかわからないが。
なんと! ノリのいい
お馬さんごっこに以外にも、お願いすれば椅子にだってなってくれる。
なんだったら机役、お菓子を口に持ってくる役、でかい団扇であおぐ役までやってくれる!
あーーーーだめだーーーーこのままじゃダメ人間になっちゃううう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます