脚本家令嬢は愛を創りたい
派場没秀
第1話 夢の始まり
それは衝撃だった。
高校の同級生から半ば押し付けられるように借りたマンガ。
主人公の女の子があらゆるシチュエーションで無数のイケメン男性にモテまくり、次々と美少年美青年を落としていくストーリーのそれは、私のハートをがっちり掴んだ。
晩ごはんを食べて風呂から出てきてから、ベッドに寝っ転がって読み始めたのを覚えている。
全20巻を読み終えたときには朝になっていた。
最後のページを閉じたとき、魂の震えを感じた。
いま、私の生きる道が見つかったのだ。
これは、人生を賭けて成し遂げなければならない。
この理想は、誰にも理解されないかもしれない。
待ち受ける苦難も並大抵のものではないだろう。
だが、やりたいと思ってしまったのだ。
カーテンの隙間から夜明けの陽が差し込み、遠くから小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる部屋の中で。
私は、己の魂に固く誓った。
私も、腕いっぱいのイケメンにちやほやされたい!
--- ---
「という訳で、私はこれから私だけの逆ハーレムを作るわ!」
「...友達やめていい?」
放課後、私は実家2階にある自室に二人の親友を集め、熱く自分の夢を語った。
ちゃぶ台の前に3人で正座している。
1人は引きつった笑みを浮かべている、ショートヘアの美少女なっちゃん。
いきなり友達を辞めるとか言い出したけど、どういうことだろう。わたしたちは友達以上の関係、【親友】だったはずだ。
「練習抜けてきてまでオレは何を聞かされてるんだ...」
もう1人はサッカー大好きイケメンのあっくん。
とても大事な話があるから私の家に来て、とお願いしたときは大変な挙動不審っぷりだったのに、今ではめちゃくちゃ呆れた顔でこちらを見ている。
「ねぇ聞いて! 15年生きてきて、私はついに生きる目的を見つけたの! 親友の夢に協力するってすっごく青春っぽくない?」
「...それは夢の内容によるんじゃないかなぁ」
「それな」
「ちなみにこの夢の名前を考えてみたの!
『パーフェクトな逆ハーレムのためのマル秘活動』ということで...略して『パパ活』なんてどうかしら?」
「最悪すぎる」
「オレそろそろ帰っていい?」
おかしい、私の想定ではこの2人だけは私の夢に賛同してくれるはずだった。
まぁいい、主体的に参画してくれずとも、こちらから積極的に巻き込んでいけばよいのだ。
というわけでまずは眼の前のイケメンから情報収集しよう。
「ねぇ、あっくんはどういう人が好きなの?」
そこで空気が固まった。
なぜか、なっちゃんがすばやくあっくんの膝を叩く。
2人は私の前で内緒話を始めた。
(ねぇ、あっくんチャンスよ! ここで「オレはお前みたいな女が好きだけど?」って言いなさい!)
(む、無理だって)
(もう! あっくんがそうやっていつも肝心なところでヘタれてるから、このバカがこんなロクでもないことを言い出すようになったんじゃない!)
仲いいなぁ。
それも当然か。恋愛シミュレート歴15年の私が見たところ、この2人は付き合っているのだ。
こうやって2人だけの内緒話をちょくちょくしているのがその証拠だ。
なっちゃんの手前、あっくんにはやや答えづらい質問だったかもしれない。
私は付き合ってるのを未だに教えてくれないのが悪いと思うことにした。
「えっ、あっ、そのぉ、オレはぁ...元気な人が...好き?」
「なるほど! ありがとうあっくん!」
私は素早く「男は元気な人が好き」とメモした。
(だからヘタれるんじゃないって!)
(い、いきなりは無理だって!)
(もう!仕方ない!)
「ねぇまーちゃん、男の人もいろんな人がいるけど、まーちゃんはどんな人が好きなの?」
「私の好きな人?」
「そうそう、どんなタイプが好みなの?」
男の好み?
1秒だけ考える。
「顔が良ければ誰でもOKよ!」
「...もう少し、こう、何というか、手心というか、世間一般にウケのよい返答をしてくれないかなぁ」
正直に答えたのに。
まったく、私は顔の良い男に囲まれてちやほやされたいだけなのだ。
「じゃあ、まーちゃんは好きな男と何をしたいの?」
「やりたいこと...」
私はマンガのシーンを思い出した。
「椅子、かなぁ」
「椅子...って公園デートで2人でベンチに座るってこと?」
「え?? イケメンを椅子にして座るんだけど?」
主人公の女の子が、勝負に負けたイケメンを椅子にして座るシーン。
あれは私のやりたいことリストのトップ10に入っている。
あれ?
私の言葉を聞いたなっちゃんが、ゴミでも見るような目をしているのはなぜだろうか。
ああ、なっちゃんも自分の好みを話したいのかもしれない。
お前の好みを聞いてやったんだから、そっちもこっちの好みを聞いてきなさいよというやつだ。
会話はキャッチボールなのだ。
「あっ!そうだ、ならなっちゃんの好みも教えてよ!参考にするから」
「私の好み? 行動力があって自分の思いをちゃんと言葉にできて、肝心なところでヘタれない人かなぁ」
そう言いながらなっちゃんはあっくんをガン見していた。
きっとあっくんのことを言っているんだろう。2人は仲良しカップルだ。
...と思っていたら。
そんなあっくんはなっちゃんから視線を逸らしている。
...おや? これは私の勘違いかもしれない。
なっちゃんからは当てつけのような雰囲気も感じる。
つまりおそらくだが、あっくんは最近なっちゃんの前で情けない姿を見せたことがあるのだ。
それを指しているのだろう。
当然だが、私は行動力があり、自分の考えは全て口にし、肝心なところでは良識も常識もプライドも投げ捨てて行動できる人間だ。
あれ? つまりなっちゃんは私のことが好きなの?
これは良くない。
あっくんの恋の危機だ。
なっちゃんがあっくんから私に乗り換える前に、脈ナシだと伝えてあげないと。
私はあっくんに助け舟を出すことにした。
「...ごめん、なっちゃん。それって私のことだよね? 私は男の人が好きなの。
なっちゃんの想いには...応えられないかなぁ(笑)」
どうだ!
これだけしっかり伝えれば、なっちゃんも脈ナシだとはっきりわかるだろう。
私は必要であれば悪役を演じることもやぶさかではないのだ。
当たり前のように、ブチィッっと、なっちゃんの血管の切れる音が聞こえた(気がした)。
(ごめん、もう無理。この女は誰にも救えない。私帰る)
(お、置いていかないで!)
(うるせぇ!てめぇの女の面倒はてめぇで見ろ!)
私の前で何やら言い争いが始まったが、私は見ないふりをすることにした。
雨降って地固まるという。
これは2人にとって必要な衝突なのだ。
仕方ない、私の部屋はしばらく2人に貸してあげよう。
私はこっそり席を立つと、部屋から出て1階のリビングに降りていった。
--- ---
それから私はイケメンパラダイスハーレムを作るべく、努力を重ねた。
道は険しかった。
父や兄たちに、男の話題についていくべくリサーチを重ねたり。
ときには同級生の女子たちに恋愛相談を装い、ノウハウを共有しあった。
しかし...いつも私の力は及ばなかった。
私がアプローチをかけた男は、なぜか他の女とカップルになるのだ。
というか大体私が相談していた女とくっつくのだ。
2人からカップルになれたのは私のお陰とか言われても、何も嬉しくない。
別れろとは言わないので、お前の彼氏を椅子にさせてほしい。
「まーちゃん、そろそろ諦めない?」
「諦めない」
ある平日の朝。
私はなっちゃんと一緒に通学のために歩いていた。
あっくんは朝練なのでいない。
校門前にある交差点の赤信号で立ち止まる。
「あっくんはどう? 顔も悪くないし、まーちゃんもアプローチしていいんじゃない?」
え? なっちゃんはあっくんと付き合っていたのでは?
私は驚いてなっちゃんの顔を見たら...とてもニコニコしていた。
極めて不穏な雰囲気を感じる。
もしかして、あっくんフラれちゃった?
ここは婉曲に尋ねるべきだ。
私のカンが囁いている。男を振った後の女の笑顔は....本当に怖い。
ちなみに私もぜひイケメンを振ってみたいが、相手がいないので経験がない。残念。
「な、なっちゃんこそあっくんのことはどうなの?」
「私? 当分顔も合わせたくないぐらいかなー。あんだけ色々付き合ってあげたのに一歩も進展しないし。私、ヘタレはきらいだもん」
なんということだ。やはりあっくんはフラれてしまったのだ。
まぁそういうこともあるさ。あとで慰めてあげよう。
「あ、あっくんの相手を探してあげないと」
「知り合いにいい女がいるって紹介してみようかなー、真奈って言うんだけど」
なっちゃんとの関係が【友達】から【知り合い】にランクダウンしてしまった。
しまったやぶ蛇だった。あっくんの話題は当分控えよう。
男を振った直後の女に、振った男の話題を2連続で振ると地獄を見ることになると私は悟った。
信号が青になった。
せっかちな私はなっちゃんより先に横断歩道へ踏み出す。
遅れてなっちゃんも続いた。
「私たち【親友】に戻れない?」
「それ、恥ずかしいからそろそろやめ―――」
その時、私は視界の端に乗用車を捉えた。
車線は赤信号なのに、減速する様子がない。
というか結構な間アクセル踏みっぱなしだった速度が出てる。
白い車体が、ふらつきもなく、まっすぐこちらへ向かってくる。
あ、これ死んだわ。
判断は一瞬だった。
私は素早く振り返り、後ろに立っていたなっちゃんを全力で歩道の方へ突き飛ばす。
なっちゃんの身体が大きく宙に浮いた。自慢ではないが力は強いほうだ。
「きゃっ」
背負っていたカバンをクッションに、なっちゃんが歩道の上に倒れ込む。
よし、これであっくんが悲しまずに済む。運が良ければよりを戻せるかもしれない、頑張れ。
なっちゃんは一人っ子だし、一人娘が亡くなったらご両親がつらいだろう。
うちは4人兄妹だし、一人ぐらいいなくなってもちょっと悲しいぐらいで済むはずだ。
そういえば4人のうちで最初に死ぬのは一番上の兄だろって4人みんなで意見が一致してたのに、まさか私になるとは。
そんなことを1秒で振り返り。
私は近くの通行人たちと一緒に、ボウリングのピンみたいにふっ飛ばされて意識を失った。
せめて人生で一度ぐらい、イケメンにお姫様抱っこされてみたかったなぁ。
--- ---
結果として、お姫様抱っこの夢は叶った。
気がついたら線細めのやわらかなイケメンにお姫様抱っこされていたのだ。
「◯ー、◯◯◯◯、◯◯◯◯◯◯~!」
日本語ではない、謎の声が聞こえる。
最初は何が起こったか理解できなかったが、お姫様抱っこはそれだけで素晴らしいものである。
あらゆる雑念を心から速やかに追いやり、私はお姫様抱っこを堪能することにした。
「ほぎゃーーー」
なんか視力が下がってるし、声もぼんやり聞こえるし、自分の喉から赤ん坊みたいな声が出ているが、全ては些細なことだ。
いま、イケメンにお姫様抱っこされてご機嫌取りまでされている。
これを十二分に味わうことこそが全てであり、車に轢かれたことは記憶の箱に仕舞い込んだ。
「ほぎゃーーーーーーーー」
あーー最高だ!
よくわかんないけど神様ありがとう!
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