2章2の2

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝比奈あさひな館の表、門を入った広間に行くとだいだい色の素襖すおう(武士の装束)が見えた。兄、泰朝やすともである。ちょうど馬から荷を下ろしているところであった。


にいさま」


 志麻しま泰朝やすとものもとに駆け寄った。泰朝やすとも掛川かけがわ城主となって以来、泰朝やすとも駿河するが府中ふちゅう朝比奈あさひな館に帰って来るのは年に数度だ。志麻しまには泰朝やすともに話したことがたくさんあって、はやる気持ちを抑えがたい。


「おう、志麻しま、半年振りか」

にいさま、帰って来てくださるのなら教えてくださいまし」


 志麻しまうれしさでついつい早口でまくしかけた。


「んー、手紙は母上に出してあったぞ。聞いておらぬか?」

「聞いてないわ」


 そう言ったとき、母上の声が後ろからした。


志麻しまちゃんを驚かそうと思って黙っていたの」


「おっ、これは母上に母さま、ただいま戻りました」

「お勤めご苦労さま」


にいさま、聞いてください。また今日も母上が私にき付いて大変だったのです」

「おう、だから髪がそんなにボサボサなのか」


 泰朝やすともは筋肉質で頭一つ分志麻しまより大きい。その大きな手で志麻しまの頭をガシガシとでた。


にいさままで……ひどいです」


 泰朝やすともが、ガハハッ、と大きく口を開けて笑う。


「笑わないでくださいまし。そうだ、にいさま。お土産みやげは?」

「おぉ、葛餅くずもちを買って来てあるぞ。そうだな、夕餉ゆうげのあとに皆で食べよう」


「うれしい」

 そう言って志麻しま泰朝やすともの腕に勢いよくき付いた。袖の上からもゴツゴツとした太い腕がわかる。


「これこれ、年頃の娘がやることでないぞ」

「いいんです! 誰も見てませんから」

「母上たちも家来衆もおろうが」


 あきれたように泰朝やすともが言う。


「相手はにいさまだからいいんです!」

「それでは母上と同じではないか」

にいさま、きらい」


 志麻しまはそう言ってプイっと横を向いた。だが腕にはしがみ付いたままである。


「しょうがないやつだな。ところでけが人を助けたと聞いたぞ」

「はい」


「どういう奴だ?」

「セイという名前の者で、まだ立つことができません。お会いになってくださいまし」

「おう、そうだな」


「今から行きます?」

「いや、今はまずい。御屋形おやかた様に挨拶をしに行かんとならん。途中に寄った吉良きら様の様子も伝えねばならんしな。親父殿への挨拶もその後だな」


「わかりました。あれ? にいさま、少し元気がなくなった」

吉良きら様を思い出してな、行くと毎度怒られるのだよ。だが、行かんわけにはいかんのでな。吉良きら様の御用聞きは親父殿のお役目、いては俺のお役目でもある。しかも籔田やぶたに居られるから、直ぐ近くを通るのに俺が挨拶に行かんわけにもいくまい」


にいさま大変ね」

「そう思うのなら腕を放しておくれ」


 志麻しまが離れたのを確認すると、泰朝やすともは門前の従者の男たちに、用意はできたか、と大きな声を上げた。従者の男たちからは口々に、用意できました、と報告が返る。


「では、母上、母さま、言って参ります。しっかりした挨拶は後程。志麻しまも待っておれ」

「はい、にいさま」


 泰朝やすとも颯爽さっそうと馬に飛び乗ると従者の男たちを連れて出かけて行った。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る