2章
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2章
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初めは上も下もない真っ白な空間だった。光がどこから射しているのか判然としないが明るい。音はなく静かで、暑くも寒くもない。風もないものだから自分がどこを向いているのか分からなくなる。
そのようなところであったので
夢の中で紙に書きつけたところで、現実の世界に持ち出せはしない。そうであるのだけれど、理解したことを書きだすことで格段に理解が深まる。
「あっ、お師匠、こんばんは」
「うむ、来たか。現実では
お師匠が近づいて来て言った。今はもう後光が射していない。以前不思議に思って聞いたら、
「ええ、ひと月も実家を空けることがなかったものだから、帰ったら母上がわたしにべったりで参ったわ」
「そのようだな」
「もうわたしは十五才なのに、ああもされては恥ずかしいわ」
「そなた、それでも
「まーそうとも言えますけど」
「では良いではないか」
「わたしにも
「誰も見ている者はおらんだろうに」
「そうです……ね?って、お師匠、なんで『そのようだな』って知ってるんですか?」
「……」
「お師匠っ」
「そなた、ひと月前はこんなではなかった」
「だってお師匠があまり堅苦しくしなくて良いと言ったじゃないですか」
「そうであった。畏まった態度では本心が分からぬから。だがこのようにせよとは言うておらん」
「えー今さらですか。でも改めた方がいいかしら」
「なに、そなた、まだ間に合うと思うてか。このままでよい。それよりか、そろそろ始めようか」
「はい、お師匠、お願いします」
「うむ、今日から
「はい」
「では参ろうか。
続けて
「
こうやってお師匠が先に読み上げ、
かなりの時間をかけて、中の巻を読み上げた。夢の世界には太陽がないものだから時間感覚が狂う。
「どうかな。読んでみての感想は」
「意味の取れる箇所と取れない箇所があるわね。それにしても、
「うむ。
「はい」
「まず、
「ええ、世間で
「そうである。まずおらんであろう。そしてその中でも
「
「この虚実を知れば主導権を取れるからな。
「
「うむ。これは優劣の問題ではない。
「手段と目的の関係なのね」
「左様。どちらも重要であるが、目的が手段をも含んでいるとも言える」
「では、お師匠。敵が実であればこちらは正で対応し、敵が虚であればことらは奇で対応すると読めるのだけれど、これはどういうことでしょうか」
ここは読み始めてすぐに引っかかったところだ。
「うむ、そうである。最初におさらいをしようか。虚・実・奇・正はそれぞれ何を表しておる?」
「虚は戦力の手薄な状態、実は戦力の充実した状態、奇と正はいろいろな意味を含みますが、奇は奇襲、正は正攻法といった意味です」
「うむ。ひとまずそれでよいであろう」
「ありがとうございます。そうすると戦力の充実している敵に正攻法で対応することになってしまい、味方の損害が大きくなるのではないでしょうか」
「なるほど。これは文の前後をもっと注意深く読み込む必要がある。初めに奇と正だが、これは互いに転化するものであることを見逃しておる」
「ええ、気が付けば
「そうだ。知識として奇正が互いに転化することを知っていても、それに
「そうね。なぜ忘れていたのか、恥ずかしい失態だわ」
「いや、恥ずかしく思う必要はない。すでに学んだのであるからに。学問とはそういうものなのだ」
「はい」
「では、元に戻ろうか。
「つまり、敵が実ならばまず正で対応し、敵がこちらを正と認識したら、すかさず奇に転じるという事なのね」
「そうだ。敵は正であると思っていたものがいつの間にか奇に転じており対応が後手後手に回る。我が方が奇正を操作しておるので、
「
「うむ。兵法は深い」
そう言うとお師匠は宙を見上げた。それは授業が終わりになる合図でもあった。
「そろそろ時間か。では、また明日」
「ありがとうございました」
どういう理屈で夢の世界が出来ているのかわからない。夢の世界で頭を使いに使っても、翌朝目が覚めたときには体はもちろん頭もすっきりしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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