【5】「不安と勇気を混ぜたら、私は何色に染まるんだろう」(2)
「順番がどちらにしても、ドキドキしますね」
「気に入ってもらえてうれしい」
それなのに、彼女の立ち居振る舞いから安心感を得られてしまうのはどうしてなのかと考える。
すらりと伸びた身長に、まとっている大人びた空気に、今日も私は自然と視線が引き寄せられてしまう。
「あ、本に集中したい人は方、あそこのスペースを使うみたいです」
「ありがとう、
彼女の声は落ち着いていて、心に直接響いてくる感覚に心臓が揺れる。
「せっかくなら本に集中してもいいけど……」
「何か食べたいですね」
「お茶したい」
面白さを感じたのも同時で、楽しさを感じるのも同時で、その、同時が重なるって言うのが嬉しい。
互いの間に、柔らかな笑みが広がっていくのが更に嬉しい。
「飲食スペースで本を読もうか」
音宮坂さんと一旦別れて、ブックカフェに置かれている本を見て回る。
(飲食スペースで本を読むって、気を遣うなー……)
店側が『飲食しながら読書していいですよ』と許可をくれているとはいえ、学校の昼休みとは違う空気になかなか緊張が抜けない。
(自分の好みの本を探すのもいいけど、読んでほしい本もたくさん……)
本棚を前にして、音宮坂さんのこと考える。
音宮坂さんのことを考えると、ほんの少し緊張が解けていく。
(高校に入ってから、助けられてばっかだなー……)
司書教諭室で同い年の音宮坂さんと出会って1年半。
音宮坂さんとの距離がちっとも縮まっていないことに溜め息を吐きながら、待ち合わせの飲食と読書を楽しめるラウンジスペースへと向かう。
「楽しすぎる」
「これは沼りますね」
互いに2冊の試し読み用の本を抱えて、なんの迷いもなく1台のソファーに腰かけた。
(近い……)
ただでさえ試し読み用の本を汚してしまわないか緊張しているのに、近すぎる距離に新たな緊張が芽生えてしまった。
「海東さんにも好みがあるとは思ったんだけど……」
「海東さんに読んでほしいなって」
「…………」
自分だけが、一方的な気持ちを押しつけようとしていた。
音宮坂さんが喜ぶなんて考えていなくて、ただたた自分の気持ちを音宮坂さんに押しつけようと思ってた。
「読者仲間ってことに甘えて、私の好みを押しつけようと思って」
言葉が出てこない。
「ごめん、やっぱり興味なかった……」
私に差し出した本を引っ込めようとする音宮坂さんの手を引き留める。
「音宮坂さんは、どうして私を喜ばせるのが得意なんですか……?」
私の言っていることの意味が分からない。
そんな表情を浮かべる音宮坂さんのことを安心させたい。
「私も自分の好み、押しつけようとしていて……」
自分が持っていた2冊の本のうち1冊を音宮坂さんに差し出す。
私も、同じことをしようとしていたんだってことを恥ずかしがらずに音宮坂さんに伝える。
「両想いだ」
「両想いとかじゃなくて……」
音宮坂さんから発せられた、両想いという言葉に過剰に反応してしまう。
「ありがとう、海東さん」
私が音宮坂さんのために選んだ本を受け取ってくれた音宮坂さんの笑顔が、あまりにも綺麗すぎて見惚れてしまった。
(もっと、音宮坂さんの笑った顔が見たい)
司書教諭室で昼休みを過ごすとき、音宮坂さんはお昼ご飯を食べることなく本に夢中になる。
ほとんど笑うことがなくて、無愛想な雰囲気さえ漂う音宮坂さん。だから、今、こうして私に笑いかけてくれてることが奇跡みたいで嬉しすぎる。
「海東さん」
ソファーの上で、視線を交える。
「今週末の試写会。映画館の中には入らなくていいから、映画館の外で待つことってできる?」
「映画館の外ですか?」
音宮坂さんの言っている意味が分からないけど、音宮坂さんの話をきちんと聞きたい。
「海東さんに無理はさせたくない」
一方的に自分の思いをぶつけるのではなく、あくまで私の聴力のことを気遣いながら丁寧に言葉を発する音宮坂さん。
「でも、好きな作品が映画化したっていう空気感を海東さんにも体感してほしい」
今も、大きな音が聞こえるたびに、左耳を押さえて周囲の状況を確認してしまう。
(再発は怖い)
また、音の聞こえが悪い世界を生きるのかもしれない。
その、かもしれないが、私を生き辛くさせている。
(でも、怖がってばかりいたら、私の世界はずっと変わらない)
手をぎゅっと握って、力を込める。
「映画館、数年ぶりに挑戦したいと思います」
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