【4】「不安と勇気を混ぜたら、私は何色に染まるんだろう」
移動教室での授業が終わり、自分たちの教室に戻る途中。
複数人で廊下を移動するクラスメイトの後を、私は1人で付いて行く。
(試写会、今週末か……)
(でも、試写会には行きたくても行けない人がいる……)
試写会のチケットを貰ったことは素直に嬉しい。
でも、試写会に行ってこそ、このチケットには価値と意味が生まれるって思うと心が痛い。
「待って!」
廊下は、多くの生徒が行き交う場所。
多くの生徒とすれ違う途中で、大きな声を出して駆け抜けて行く2人の女子生徒と遭遇した。
「っ」
ぶつかったわけではない。
でも、女子生徒の大きな声に驚いて身を縮ませてしまった。
「うるさっ」
「あんな大きな声出さなくても聞こえるって」
「ねぇ」
自分の聴覚が心配になって、左耳に手を当てる。
(大丈夫……大丈夫……大丈夫……)
教室に入るとき、廊下で複数の女子生徒に囲まれている音宮坂さんが視界に映った。
(音宮坂さんの友達……)
音宮坂さんには友達がいるってことを、すっかり忘れていた。
友達がいないのは自分だけで、音宮坂さんには音宮坂さんの世界があるってことを、私はすっかり忘れていた。
「
音宮坂さんが過ごす日常に魅入られていると、音宮坂さんを取り囲んでいた女子生徒たちは彼女から何かを受け取る。
色紙のように正方形のかたちをした紙を大切そうに抱き締めながら、女子生徒たちは音宮坂さんの前から去っていった。
「珍しいね、廊下で会うなんて」
私が廊下にいたことなんて判別できない距離にいたはずなのに、音宮坂さんの声は私の聴覚へと届いた。
少し離れたところで突っ立っていた私を見つけてくれた音宮坂さんは、私の元へと近づいてくる。
「あ、お疲れ様です……」
音宮坂さんに見つかったことが嬉しくもあり、恥ずかしさもあり、申し訳なさもあり、いろいろな感情が混ざり合っていることに戸惑う。
「ふっ」
「え?」
「ごめん、同級生にお疲れ様ですって言葉を向けてくるのが面白くて……」
普段はほとんど笑うことのない音宮坂さんが笑いを零す姿を初めて見た。
そのせいか、私の心はどんどん戸惑っていく。
はずなのに、喜びの感情にも同時に包まれる。
「音宮坂さんが私の前で笑うの、初めてですよね……?」
音宮坂さんは呼吸を整えて、私と向き合ってくれた。
「確かに学校では、笑わないかも」
学校では笑わないという言葉を聞いて、急に音宮坂さんのことが心配になった。
「学校が嫌いとか、そういうことじゃないから」
音宮坂さんの言葉を受けて安心するのと、だんだんと周囲が騒がしくなっていくのは同時くらいだった。
一気に放課後らしい和やかな空気が漂ってくる。
「海東さんは、このあと部活?」
「あ、いえ、華道部は週に2回しか活動がないので」
高校入学と同時に、特にやりたいこともなかった私は華道部に入部。
三年間華道部の活動に休まず参加すると、お免状と呼ばれるものが取得できるというところに惹かれた。
「校舎に和室があるって、新鮮で面白いよ」
決して褒められた志望理由ではないけど、今のところは皆勤賞。
「って、ごめんなさい。私のことばっか話して……」
「付き合ってほしいところがあるんだけど、時間、いい?」
音宮坂さんに連れられてやって来たのは、高校生が訪れるにしては敷居の高そうな雰囲気漂うブックカフェ。
「初めて来ました……」
改めて、ブックカフェの外観を見上げる。
高校生が入ってもいいのかって思ってしまうほど、心臓が変な動きで私のことを脅してくる。
「前々から行ってみたいと思ってて」
「私も無縁すぎて……」
「誰でも入れる店とは言っても、緊張するね」
ブックカフェの中には1歩も入っていないのに、既に私たちの間には緊張感が漂っている。
「海東さんの準備が整ったら、入ろ」
「音宮坂さんがいてくれたら、大丈夫そうです……」
私の覚悟が決まったのを確認してくれた音宮坂さんは、ゆっくりとブックカフェの扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
まるで外国の図書館を思い起こすような店内。
至るところに書籍が配置されていて、お店の中には読者好きにとっての夢が詰め込まれている。
「先に本を探すのかな……? それとも先に注文……?」
辺りを見渡すにしても、視線を向けたい場所がありすぎて困ってしまう。
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