「勇者よ、褒賞として王女との婚姻を許す!」って冗談でしょ!?却下で!~狂犬の飼い方教えます~

村沢侑

勇者と結婚!? 却下で!(死にたくありません)

目の前に跪いている勇者は、傲然と顔を上げたまま、一段高い王族の座をにらみつけるように見据えている。


今代、聖剣に認められた勇者は平民だ。

聖剣は、普段は女神を祀る神殿の奥深くに封印されているらしいが、勇者が目覚めると、使い手のもとに現れるという。

その時、彼の住むトネル村はスタンピードに巻き込まれていた。

傷だらけで意識朦朧になりながら、その手に持った聖剣をけして離さず、たった一人で魔獣の群れを屠り続けていたらしい。

そして、神殿からは封印していたはずの聖剣が消えており、彼が勇者だと認められたというわけ。


ただ……まあ……この勇者は、なかなかに扱いが難しく、大変短気というか即断即決というか、目的のためには手段を選ばないというか、行動原理がある一点のみでそれ以外はどうでもいいというか……。

今ですら王族に膝をついていることに大変お冠なわけで、跪きはしたものの一度も頭を下げていない。いや、それよりもこんな謁見の儀のために王宮に引き留められていることのほうが不満なのかもしれない。

とにかく、とても扱いが難しいお方なのだ。


「勇者よ、此度の魔王討伐、大儀であった! そちの働きで、魔王の脅威は去った! 王として礼を言う」

「……」

無言の勇者に、国王陛下お父様のちょび髭の生えた口元がひくりとひきつる。

気を取り直し、お父様は侍従から目録を受け取って広げた。

「此度の働きに、王家より褒賞を授ける。まずは、トネル村を含む周辺一帯を、領地として与える!」

「いりません」

「りょ、領主として伯爵位を授与する!」

「いりません」

「くっ、勲章と、王家の盾の称号を授与する!」

「すっげえいらねえなんだそれ腹の足しにもなんねえ」

顔をゆがめ、吐き捨てるような返事に、目録を握りしめるお父様の手が、力が入りすぎて真っ白になってぶるぶると震えている。

「報奨金として金貨2000枚を与える!」

「ありがとうございますもう帰っていいですか」

(わかりやすっ!)

食い気味の返事に、ついにお父様の手が目録をぐしゃりと握りつぶした。

こんな無礼な態度を取られたのは初めてなのかも。はらわた煮えくり返ってるんじゃないかしら。


勇者からしたら、今は多分帰りたい帰りたい彼女に会いたいで頭いっぱいなんだろうなあ。領地や爵位なんてどーでもいいから早く帰らせろって顔に書いてあるもの。

そもそもこちらが国内から選抜した勇者パーティなんか足手まといだからいらないって突っぱねて、予定していた出発式をすっぽかし、スタンピードの後、体が回復するや否や、村から魔王城まで一直線で突っ込んで魔王を討伐したのを忘れたのかしら。

それを考えたら、彼が王家の権威に頭を下げるような人ではないことも、謁見の儀を特にありがたがってないことも、こんな場に引っ張り出されることが彼の本意ではないこともわかるだろうに、なんでうちの国王はこんなに空気が読めないのか。


しかし、ふいにお父様は玉座から立ち上がり、芝居がかったしぐさで両手を広げた。

「そして喜べ! そなたにはここにいる第二王女ジュスティーヌとの婚姻を許す! 平民のそなたにはこの上なき名誉であると心得よ!」

(はあああああ!?)

私には関係ないことだと思って、ここに呼ばれたのも今日は出られない王妃陛下お母様の代理かなーって、劇でも見るように他人事で謁見の儀に臨んでいた私は、その瞬間ぶわっと迸った殺気に一気に顔面蒼白になった。

「……はァ? 今なんつった?」

待って待って待って、勇者の声が低く轟く地鳴りみたいになってますけど!?


「ちょっとお父様、聞いてません! 何ですか勇者との婚姻って! 私と侯爵家のユリアン様との婚約を忘れたんですか!?」

「サプライズだよ、サプライズ! 今代の勇者は、たった一人で魔王城を壊滅させ、魔王を打ち取った、歴代最強の戦士だ。これを国で囲わんでなんとする!」

「その前に国が滅びますわよ!?」

「何を言うか、姫との結婚など、平民には望むべくもない、喜んで受け入れるに決まっておる! お前も一国の王女だ、国のための婚姻であれば、侯爵家も認めるであろうよ」

小声で必死にやめさせようとするも、得意満面なお父様は全く意に介さない。


ほらあああ、勇者の殺気がお祭り状態になってきてるじゃないのー!!

ついでに謁見の間にいるグラスラント侯爵と、その嫡男で私の婚約者であるユリアン・グラスラント様が座ってるあたりも、既にひんやりした魔力が渦巻いてきてますわよ!?


「さあ、勇者よ! 王家の命である、ありがたく受け取るがよグボァ!?」

お父様の言葉を待たず、勇者がゆらりと立ち上がりかけた瞬間、私は軽く踏み込んで、お父様の急所レバーに肘をぶち込んだ。

お父様が白目をむき、泡を吹いて玉座にすとんと腰を落とすと、それを見た勇者は元の体勢に戻る。

私も何食わぬ顔で元の立ち位置に戻り、パラリと扇を広げた。


「何も聞こえませんでしたわ。よろしいわね?」


私の一言に無言でうなずく勇者。ふう、ひとまず危機は脱したようね。ユリアンに歩法を習っておいてよかったわ。

そこに、すすすすすと見事な、そして目にもとまらぬすり足で宰相が近づいてくる。

「姫様、何をなさっておいでですか! あの戦力を他国にやるわけにはいかんのですぞ! 国を守るという王家の役割をお忘れか!?」

「忘れてなどいないわよ。ただ、あの勇者様には悪手だと言ってるの」

「陛下と王太子殿下が決められたことですぞ!? あなたが覆してなんとします!」

「だからって、根回しも何もしてないなんてありえないわよ!」

「サプライズですので!」

「勇者様への意思確認は?」

「サプライズですじゃ!」

「お母様への報告は?」

「サプライズですじゃ!」

「ふざけてんのかサプライズって言やあ何でも許されると思うなよアアン!?」

「ヒイイイ姫様落ち着いてくだされ!」

小声でこそこそしながらブチ切れた私は、ジジイの胸倉をガッと掴んだ。


「そもそもあんたたちあの勇者の内偵甘すぎるんじゃないの私は嫌よあんな狂犬の手綱を取るなんて無理無理無理ったら無理! あのねえ、あの勇者が魔王討伐に出た理由って村が襲われたからよ村が襲われて大事な幼馴染の女の子がけがしたからよそれも魔獣に襲われたわけじゃなくて村の子供を避難させてるときに転んでちょっぴり膝を擦りむいたからよ!? 元凶の魔王が魔王城とともに現れた場所からたまたまトネル村が一番近かったせいで最初のスタンピードが直撃したのは不運だと思うけど村が襲われて彼女が間接的にちょっぴり怪我しただけでガチギレして魔王城にカチこんで『ミルアを傷つけた貴様は万死に値する絶許死ね消滅しろ魂まですりつぶしてやる死ね死ね死ね』ってずーっと言いながら魔王をざくざく切り刻んでたの知らないの!? そんな男私が御せると思う!? 私との結婚なんて進めたら王都が焦土と化すわよ王宮なんか今この場で一撃でがれきの山になるわあの勇者はねえ幼馴染の女の子と村以外どーっでもいいのよ彼をつなぎとめておきたいならその村と女の子を手厚く保護して村に縛り付けて幸せに暮らしててもらえば少なくともそこからは動かないしおとなしくしてるはずよあれを飼い慣らせると思わないで自分の大事なものが侵されようものなら誰にでもなんにでも牙を剝く地獄の狂犬なんだからお父様もお兄様もあなたも少しは考えて物を言いなさいよ!! そもそも私勇者と一度たりともしゃべったことないし近くに寄ったこともないのよそれをいきなり結婚しろって言われて喜ぶ男なんて物語の勇者だけよ! 現実の男は権力に目がくらんだかヤリチンかのどっちかしかないってわかんないのそれでよく国を回してるだなんて言えたものねわかったら黙って引っ込んでなさいな!!」


これを5秒でまくし立て、私は宰相を突き放した。

よろよろと後ずさった宰相は、しおしおと肩を落として戻っていった。

さて、ここからどう仕切り直したものか……。

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2025年1月7日 19:00
2025年1月9日 19:00

「勇者よ、褒賞として王女との婚姻を許す!」って冗談でしょ!?却下で!~狂犬の飼い方教えます~ 村沢侑 @Murasawa_9820

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