屋敷の窓からこんにちは 外伝1 菫の手帳

明璃

第1話 謎解きの始まりはアッサムティーで

柔らかいノックの音がしたと思うと「お嬢様、おはようございます。菫でございます」と綾音が予想していた声がした。

「どうぞ」といつもの通り返事をすると、彼女は、おずおずと恥ずかしそうにお茶の用意をして部屋に入ってきた。

そして緊張した表情でやはり目を見開いて何かを言おうとしているようだった。

しかし、その前に綾音は彼女に声をかけた。

「彼は今日は用事だったかしら?」


「はい、今日は早朝から用事で外出しておりますので、代わりに私がお茶をお持ちしました」


ゆっくりとお辞儀をしてから彼女は部屋へと入ってきた。

そしてテーブルの上で穏やかな仕草でお茶を注ぎ終えると、菫は綾音の方を見て、どうぞお召し上がりくださいと言った。


時々執事のいない時や、菫に話し相手になってほしい時にはこうやって彼女に給仕を頼むことがあった。

今日も一見いつも通りの仕草のように見えたが、綾音はその様子を見ているうちに菫の普段より緩慢な動作や落ち着かない視線が気になった。


何かしら気になることを放っておくことは綾音の神経にはどうも触る事象であるらしく、それがつい謎解きをしてしまう癖にもつながっていたのだが、今回も黙っているのが落ち着かなくて、一度目のお茶を飲み終えると、菫に声をかけた。


「菫さん、あなたなにか気になることがあるのではなくって?」


「え?!あ、はい・・・。お嬢様、なぜ・・・お分かりになりましたか」


「どうも、いつもと様子が違っているようだから・・・」


「・・・・お嬢様にお話しても構わないのでしょうか・・・どうしたら良いかと迷っていました」


「どんなことか知らなければ答えようもないわね。

でも何か気になることあるのに、そのままにしておくのは精神衛生に宜しくないと思うわ。


そうね、お茶のおかわりを持って来てちょうだい。

ここでお茶を飲みながらゆっくり聞かせてもらうわ。

今度はアッサムティーをお願い」


「アッサムですか?お嬢様はいつもアールグレイやダージリンがお好みですけど・・・」


「いいのよ。アッサムをね。あとミルクと蜂蜜、お砂糖もたっぷり用意してね

あとはクッキーも」


「分かりました。すぐにお持ちいたします」

そう言って少し微笑むと彼女は部屋を出て行った。


それにしても、菫の心配事とは一体なんだろうか?

綾音は彼女を待ちながら想像を膨らませ始めていた。


菫はこの屋敷に来てまだ三か月ほどのメイドだった。

ふっくらとした顔立ちで誰にでも笑顔で接する彼女は、屋敷の皆から愛され、すぐに受け入れられた。

仕事ぶりはお世辞にも素早いとは言い難かったが・・・それでも彼女の仕事には穏やかさや丁寧さといった美徳が備わっていたし、何より天性のものではないかと思えるその善良な性質によってどんな相手でも警戒を解かせてしまうのだった。

菫という名前はぴったりだ。

すみれは身近な存在であり、そして誰にでも知られている可愛い花。

あの子もすみれのように身近に感じられて、人の素直な心に直に触れられるような良い子だから・・・。


普段の振る舞いが大抵の人間には冷たく感じられるような綾音対しても、菫は緊張はしているようだが、心を開いて率直に話かけてくるのだ。

これだけ穏やかで善良な心を持っている子には、普段他人には気遣おうとはあまり考えない綾音でも、少しは優しく接してあげようと思ってしまうのだった。

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