#6 本当の恐怖

 深夜目を覚ますと、目の前に誰かがいた。身動きが出来なかったので、金縛りにあったかと思ったが、全体的に黒っぽく、顔がまるでプロレスラーみたいに目と鼻と口が空いていた。


(これは幽霊じゃない)


 僕は直感した。ついに恐れられていた事態が現実のものとなってしまったのだ。頭の中が真っ白になっていき、身体が極寒にいるかのごとく震えていた。


「お目覚めか。お坊ちゃん」


 覆面の人物は声色からして男だった。彼の他に仲間が三人いた。覆面と同じ格好をしている彼らは僕をベッドから引きずり出すと、無理やりどこかへ連れていった。


 逃げようとしても、両手脚は拘束され、彼らにはナイフなどの凶器を持っていた。しばらくは彼らの言う事を従わないと命はないだろう。


 案内されたのはやはり書斎にある金庫だった。ここには両親が遺してくれた財産が眠っていた。


「開けろ」


 覆面の男は僕の首筋にナイフをあてて脅した。僕は屈しなかった。


「こんな事をして逃げられるとでも思っているのか? すぐに警備会社に不法侵入の通知が来て……」


 すると、男達は腹を抱えて笑った。


「そんなのハッキングすれば問題ない。今頃あいつらは今日も平和だなと談笑している頃だろうよ」


 僕は愕然がくぜんとした。どうやら素人の強盗じゃないらしい。男達は早く暗証番号を言えと傷が付くか付かないかのギリギリのラインで凶器を押し付けてきた。このまま黙った所で良い未来はないので、僕は渋々教える事にした。


 仲間の一人が金庫で僕が言った通りにダイヤルを回すと、そこにはたんまりと溜まった札束が敷き詰められていた。これには男達は嬉しそうに手を叩き、もう一人加わって仲良く金庫の金を袋に入れていた。


「リーダー、すみません。トイレに行ってもいいですか?」


 すると、金を回収している男二人以外の仲間が下半身をモジモジさせながらナイフを突き付けている男に言っていた。


「はぁ?! それぐらい我慢しろっ!」


 男は怒鳴るように命令したが、仲間は覆面越しでも分かるぐらい切実そうな声を出して「もう限界なんです。このままだと漏らしてしまいます」と訴えていた。この反応にリーダーは舌打ちをした後、「さっさと済ませて来い。ただし、毛1本足りとも残すなよ」と許した。仲間は「ありがとうございますっ!」と裏返った声でお礼を言って小走りに行ってしまった。


 そうこうしていると、金庫の金は空になり、男達が持っていた袋はサンタクロースみたいに膨らんでいた。


「へっへっへ、これで大金持ちだぜ」

「さぁっ、早くズラかろうぜ……ってあれ、あいつは?」

「奴なら小便しに行った」

「はぁ?! なんだよ、一刻も早く逃げ出したいのに……」

「だったら、待っている間に金目のものを探そうぜ!」


 同じ格好をしているから、誰が喋っているのかあまり分からなかったが、とにかく金庫の金では飽き足らず他のものを物色するらしい。


 ここで僕はピンッと閃いた。


「止めろっ! 絵画だけは持ち去るな……あっ」


 僕は口が滑ったような演技をした。金庫がある書斎には絵画が一枚も置いていないからだ。当然男達は僕の失言を聞き逃さなかった。


「絵画? そんなのここにはないが……」

「こいつ、まだ何かお宝を持っていやがるな!」

「知らない! 金庫以外は何もない!」

「じゃあ、なんで『絵画』なんて言葉が出てくるんだ! ある証拠だろうがっ?!」


 僕はさらに言おうと思ったが、リーダーが再び喉元を突きつけて「案内しろ」と囁いてきた。僕は素直に応じて「分かりました」と頷いた。


 そして、男達をリビングに誘導させた。仲間二人は絵画を探し始めた。僕は変わらずリーダーに拘束されていた。すると、仲間の一人が電源がオンになったブラウン管テレビに気づいた。


「ねぇ、これ。なんで付けっぱなしなんだ?」


 男は覗き込むように井戸しかない映像を見ていると、突然画面から両腕が飛び出してきた。


「え? わっ! あぁあああああああああ!!!」


 男は抵抗する暇もなくズルズルと画面の中に引きずり込まれてしまった。男は最後に両脚を魚の尾ひれみたいに跳ねたが、そんな努力も虚しく画面の中に入ってしまった。


 男二人は突然の悲劇に硬直しているようだった。


「な、なんだ。今のは」

「夢でも見ているのか?」


 そんな会話をしていると、家中に響き渡るかと言わんばかりに断末魔が聞こえてきた。たぶんトイレに行った男だろう。この叫びに仲間は「リーダー、この家、ヤバイですよ」と声を震わせていた。


「お、おい、さっさと金を持っていくぞ!」


 リーダーもこの家の怪異に少年のように怯えているらしく、声を上ずらせながら仲間一人に命令した。


 すると、僕の背後でスマホの振動が聞こえてきた。リーダーは「ボスからだっ!」と叫ぶと僕を突き離した。僕は床に倒れた。腹を強打したため、危うく吐きそうになったが、どうにか堪えた。


「も、もしもしっ! ぼ、ボスッ! この家、おかしい……」

『もしもし、私。メリーさん』


 リーダーはスマホのスピーカー機能をオンにしているからか、倒れていてもよく聞こえていた。僕は愛しい味方の声を聞いて、胸を撫で下ろした。


 しかし、彼らにとっては予想外の人物の登場に狼狽していた。


「だ、誰だ! お、お前が仕組んだのか?! こいつと共謀して……」

「今、あなたの後ろにいるの」


 今度の彼女の声はスピーカーのノイズが混じったものではなく、この場にいるように部屋に響きわたった。


「え? なっ、あっ、ああああああああああ!!! やめろっおおおおおおおおお!!!」


 近くにいるリーダーの絶叫が聞こえたかと思えば、激しい振動が聞こえた後、静まり返った。


「あ、あぁあ……うわあああああああああああ!!! 死にたくぬあぁあああぁああい!!!」


 最後の生き残りと思われる男はリーダーの壮絶な死を目撃したのか、半狂乱に叫んだかと思うと、勢い良く僕の横を通り過ぎていった。


「さとる! 大丈夫?!」


 すると、メリーさんの肉声が僕の近くで聞こえてきた。身体の拘束が解かれたと思うと、勝手に起き上がった。僕の予想通り、メリーさんと髪長の女性だった。


「二人とも……ありがとう!」


 僕は感激のあまり、思いっきり抱きついた。髪長は何も言わなかったが、優しく背中を擦ってくれた。メリーさんは「そんな、この前のお礼をしただけだよ」と謙遜していた。


「ちょっと、私も忘れてない?」


 背後からまた女の子の声がしたので二人から離れて振り返ると、花子さんが立っていた。頬やサスペンダースカートがべっとりと汚れていたが、あえて聞かずに彼女の元へ近寄ると、同じくらいにお礼を言って抱きしめた。


「サ、サンタさんにまたプレゼントが欲しいから……良い事をしただけ!」


 花子さんも謙虚な態度で僕の感謝の気持ちを受け止めていた。背後から二人の視線を痛いぐらいに感じているが、それよりも外から車が発進する音が聞こえてきた。


 急いでバルコニーの方に向かうと、黒いワンボックスカーが乱暴な運転をして去って行った。恐らく強盗団の車だろう。


「あぁ、逃げられちゃった」


 僕は溜め息をつくと、メリーさんが「心配しないで。ほら」と指差していた。その方をよく見ると踏切系の彼女が凄まじい速度で駆けていた。追いつくのは時間の問題だろう。


「みんな、本当にありがとう!」


 僕は改めて彼女達を抱きしめた。

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