#5 メリー系女子の落とし方

 ある外国製の人形を棄てると、その人形から電話がかかってきて、ジワジワと自分が今いる場所まで近づいてくる。そして、最終的には背後にいると言われ――という曰く付きの人形を骨董屋で見つけた。


 かなり厳重に保管されているらしく、防弾ガラスを使ったショーケースの中にいる古めかしい人形が無表情で立っていた。衣装を見た感じ、たぶん19世紀後半に作られたものだろう。


 僕はこれが欲しいと店主に頼んだが、即座に断られてしまった。興味本位で手に入れるのは危険すぎると忠告されたが、大金を積んでもう一度頼むと、万が一起きても店側に責任はないという契約書を結んだ後、売ってくれた。


 配送はやっていないらしい。過去に運送業者に任せたが必ず事故を起こしていて、荷物が全焼する火事であっても人形だけは無事に残っているらしい。その話を聞いて僕はますます彼女の力が本物であることを実感した。


 ショーケースを外して持ち歩きたいと言ったら、「この命知らずがっ!」と怒鳴られてしまった。僕が負けじと「こんな狭苦しい所に入れて可哀想じゃないか!」と叫ぶと、店主は「狂ってる」と蔑んだ後、自分で開けるようにと鍵を渡してくれた。


 僕は慎重にガラスの箱を開けて、優しく彼女を抱きかかえた。体型は幼いが顔立ちは大人びていて、宝石のようにきらめくガラス目に吸い込まれそうになった。


 紙袋に入れて家に持ち帰った僕は早速作業に取り掛かった。まずはカビと埃の付いたドレスを脱がして、ネットで取り寄せた新品の服に着替えさせた。もちろん、髪や身体のケアも忘れずに。


 服装を変えただけなのに、呪いの要素が薄れるぐらい美しかった。この後、ゴミ捨て場に置いてけぼりにしないといけないと思うと胸が痛んだ。


 僕は事前に用意したキャリーバッグを持って、彼女と共に出かけた。目的のゴミ捨て場に着くと、そっと人形を寝かせた。その際、置き手紙を彼女の背中に挟ませた後、タクシーを呼んである所へと向かった。


 キチンと連絡してくるようにと祈りながら。



 彼女から連絡があったのは、目的の場所の付近にあるホテルに着いてから少し経った後のことだった。スマホから非通知の連絡が届いたので、出てみると可愛い女の子の声だった。


『私、メリー。今、ゴミ捨て場にいるの』


 よし、作戦は成功したみたいだ。しかし、浮かれている場合ではない。僕は急いで部屋を飛び出して、再びタクシーで移動した。その最中、またしても着信が来た。


『私、メリー。今、東京駅にいるの』


 まだ数分しか経っていないのに、意外と移動速度が速いなと思い、内心ハラハラした。もし辿り着く前に背後に回れたら今までの努力が無駄になってしまう。


 そんな事を考えていると、また彼女から着信が来た。


『私、メリー。今、成田国際空港にいるの』


 もう空港まで来てしまったが、そしたら次はいよいよ僕がいる所まで来てしまうか。そう危惧したタイミングで目的の場所に着いた。一刻の猶予もなさそうなので、夜道の中を全力で駆けて行った。


 その最中、またスマホが振動した。


『私、メリー。今、〇〇ホテルの前にいるの』


 なんてことだ。空港を飛び抜けて、僕が宿泊しているホテルの前まで来てしまったのか。


(頼む。間に合ってくれ)


 僕は人生史上今までにないくらい走って、ようやく目的地である見晴らしのいい丘の上に着いた。見渡す限り、僕以外人はいなかった。


「はぁはぁ……」


 全力疾走したせいか、荒れた息を整えていると、また着信が来た。深呼吸してから電話に出た。


『私、メリー。あなたの……後ろにいるの』


 背後からハッキリと人の声がした。それは小鳥のように可愛らしかった。僕は振り返ろうとしたが、その前に後ろからハグされてしまった。僕の膝ぐらいの大きさしかなかったはずなのに、腰回りに腕を絡ませられるという事は成長しているのだろう。


 僕は正面を向いた。エッフェル塔が夜景と入り混じって光り輝いていた。


「どうですか、久しぶりの故郷の夜景は」

「だいぶ変わってるけど、とても綺麗ね」

「置き手紙、ちゃんと読んでくれたんですね」

「『一緒にパリに行こう』なんて信じられなかったけど、近づいていくうちに本当だと分かった。もし嘘ついてたら殺してたけど」


 物騒な事も言っている彼女だったが、声が震えていた。何十年以上も日本の骨董屋に回され、棄てられ、伝説になるほど恐怖を与えてきた恐ろしき人形の面影はなく、ガラス眼の瞳で故郷の景色を見る事ができて感動している可憐な乙女だった。


「この後の予定は?」

「本当だったら死んでまた人形に戻るけど、あなたを殺したくない」

「じゃあ、せっかくなので美味しいフレンチでも食べに行きますか?」

「……賛成」


 ここで、彼女は僕から離れた。振り返ってみると、人間らしい顔つきをした彼女が立っていた。衣装は僕が着替えさせたものと同じで、背丈も一緒ぐらいだった。顔は人形の時と比べて大人っぽくなっていて、表情もガラスの瞳を輝かせながら笑みを浮かべていた。


 当然こんな甘い雰囲気が流れてキスしない訳がなく、恋人みたいにイチャイチャした後、二泊三日でパリ旅行を満喫した。

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