02 ファーストコンタクト


 わたしは、気付けばそこにいた。


「なに、これ」


 多くの、笑顔の人々が行き交う街。けれど、誰もが作り物めいた笑顔。いや、実際作り物なのかもしれない。だって話しかけても、何も返事をしてくれないから。

 私は、一人だった。誰も何も教えてくれない世界で、一人、ただ歩き続けて。


「あれ、こんなNPCいたっけ?」


 会話ができる相手と出会った。


「あ、あの! 初めまして! わたしは……あ、名前、ない……。あ、あの! この世界のことを知りたくて……!」

「おお!? 会話が成立する……? もしかして、プレイヤー? なるほど、ロールプレイか」

「ぷれいやー? ろーるぷれい……?」

「いいね、そういうの嫌いじゃないよ! それで、何を聞きたいの?」

「あの……。この世界のことと、あなたたちについてを……」

「うーん……。ストレートに答えていいのかな……。よし、いいよ!」


 そうして教えてもらったのは、信じられない話だった。

 この世界は、ウンエイというものによって作られた世界、らしい。つまりは、神様。しかも、他の神様のために作られたのがこの世界なんだとか。

 目の前にいるこの人もその神様の一人。神様たちは自分たちのことをプレイヤーと呼んでるみたい。わたしもプレイヤーというものと誤解されたみたいで、訂正はしておいた。

 わかってるわかってる、と言ってくれたから、ちゃんと伝わったはずだ。


 それにしても……。すごい。本当に、すごい。わたしがいるこの世界は神様が作った世界で、たくさんの神様が遊ぶために訪れていたなんて……。考えたこともなかった。

 神様たちは他の世界から遊びに来ているらしい。わたしも、神様の世界に行ってみたい。

 きっとわたしが、他の人と違うのは何か理由があるはずだ。ウンエイという神様にお会いできれば、その理由が分かるかもしれない。


「あ、あの! あのあの! わたしも、神様の世界に行ってみたいです!」


 もしここで、ふざけるな、おこがましい、とか怒られたら諦めるつもりだったけど……。目の前の神様はとってもいい笑顔で頷いてくれた。


「いいと思うよ! 是非とも来てほしい!」


 ああ……。神様は、すごく優しい。こんな神様たちが住む世界は、きっととってもいい世界だ。

 しかも、わたしを歓迎してくれるらしい。こんなに嬉しいこと、今までなかったと思う。


「ど、どうやって行けばいいですか……!?」

「え……。ログアウト……は、ロールプレイじゃだめか……。うーん……」


 神様は少し考えて、そして言った。


「魔法を極めれば! いいんじゃないかな!」

「魔法を……!」

「そう! こう、時空間を歪ませて、いい感じに、とか……!」

「なるほど!」


 さすが神様。わたしには理解できない規模の話だったけど、なんとなく意味は分かった。


「ありがとうございます! 早速、魔法を極めてみます……!」

「うん! がんばれ! あっちで会ったら美味しいケーキをご馳走するよ!」


 笑顔で手を振る神様に別れを告げて、わたしは魔法を極める旅に出た。




 そうして、どれぐらい世界を旅したのか、もう自分でも分からない。いろんな国で魔術書を読みあさった。すごく時間が経った気がするけど、時折世界が停止している間に一気に読めたから、実際の時間はあまり経ってないかもしれない。

 そうして、ようやく時空間を歪ませる魔法までたどり着けたけど……。問題は、どこに向かえばいいのか分からない、ということ。

 だから。神様に頼ることにした。


 ものすごく強い魔物がいる土地には、たくさんの神様が訪れている。一部の神様は、能力を制限した上で強い敵と戦うのが好きみたい。だから、わたしがそこのボスみたいに君臨すれば、きっと神様が来てくれると思った。

 その予想は大当たりで、わたしの元にたくさんの神様が来てくれた。神様は自分たちの世界から半身を動かしてるみたいで、神様の近くにいればなんとなくどこかから何かが流れてきてると感じ取ることができた。

 それを解析する。解析し続ける。そうして解析をし続けながら、神様の半身を倒し続ける。

 最初は無礼かも、なんて思ったけど、神様たちはなんだかとても楽しそうだった。強い敵と戦うのが好きみたい。向上心の塊だ。さすがは神様たちだ。


 もちろん本当に勝てたなんて思っていない。だって、神様だ。どれだけ自分の力を制限しているのか……。きっと、神様たちが本気になったら、わたしなんて一瞬で殺されてしまうだろう。

 こうしてわたしと付き合って遊んでくれる。本当に神様はとても優しい。もしかしたら、最初に出会った神様にわたしのことを聞いているのかも?

 ともかく。そうしてわたしは戦い続けて、解析し続けて。ようやく、わたしは向かう先を知ることができた。


 ようやく……。ようやくだ。ようやく、わたしは神様たちに、そしてウンエイ様に会うことができる。

 嬉しすぎて、ついつい大声で笑ってしまったら、その場にいた神様たちにとても驚かれてしまった。反省。

 とりあえずこの戦いを終わらせてから……と思ったけど、我慢できなかった。だからわたしは、神様たちのお礼をしっかりと伝えて、早速魔法を使うことにした。

 世界の理から外れた、時空間を歪ます魔法。さらに不安定なわたしという存在を確固たるものにする魔法も使って、わたしはその場から消失した。




 そうして、次にわたしが目を開けると。


「な、なんだ!?」

「急に出てきた……!」

「だれ!? 不審者!? 警察呼ぶ!?」

「いやでも女の子じゃ……?」


 すぐ側に、たくさんの子供たちがいた。子供といっても、わたしよりも外見上は年上に見える。多分、十代半ばぐらい。

 この場所は……なんだろう? 砂が敷き詰められた場所だ。すぐ側には四階建ての大きな建物も見える。わたしの世界では見たこともない建物。すごい。

 空気も少し独特だ。あまり綺麗な空気ではない気がするけど……。神様たちにとっては、これぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 そう。神様だ。子供たちを見る。きっと、あの子たちも、神様なんだ。

 ああ、すごい! ついにわたしは、神様がいる世界にたどり着いた!


「君! どこから入ってきたんだ!」


 そう話しかけてきたのは、男の人だ。三十代半ばぐらいに見える。しっかりとした体つきだけど、プレイヤーの姿をしている神様の方が強そうに見える。

 もしかして、神様というのは普段から力を制限してる……? そうか、そうなんだ! 神様は常に向上心を持ってる! ああ、素晴らしい……!

 ともかく! せっかく神様がこうして話しかけてくれたんだ。ちゃんと対応しないといけない。


「初めまして、神様!」

「え、かみ……?」

「わたしは、ティルエルといいます! 神様たちに会うために、神様たちの世界にやってきました!」

「一体何を言ってるんだ……。どこから入ってきたんだ?」

「わ、わたしの魔法に興味を持ってくれるんですか!? 嬉しいです!」


 わたしの拙い魔法に興味を持ってくれるなんて、やはり神様は向上心の塊だ。わたしのような魔法でも、きっと学ぶところがあると思ってくれたんだと思う。ああ、嬉しい……!


「じゃ、じゃあ、魔法陣を描きますね!」


 魔力で空中に魔法陣を描く。見やすいように大きくだ。こんなことをしなくても神様なら見えると思うけど、どうせなら他の神様にも見てもらいたい。

 神様から見れば児戯のようなものだろうけど、がんばって作り上げたわたしの自慢の魔法だ。もちろん改善点とか言ってもらえたらすごく嬉しい。

 神様の反応を窺い見る。わたしの魔法陣を見て、唖然としていた。なんだこれは、と呟いてる。

 これは……。ああ、そっか。評価にも値しない魔法陣だったんだ。当たり前だ。いくらわたしががんばって作り上げた魔法陣だったいえども、神様から見れば子供の遊び以下だったとしても不思議じゃないから。


「失礼しました……」


 舞い上がっていた気持ちは消えてしまった。とても恥ずかしい。魔法陣を消して、わたしは神様たちに頭を下げた。見苦しいものを見せてしまった、と。


「あ、いや……。君は……」

「すみません! 失礼します!」


 さすがに恥ずかしい。これ以上神様たちに迷惑をかけられない。わたしはすぐに空を飛んで、その場を離れた。


「ええ!? 飛んだ!?」

「なにあれ!?」

「まさか本当に……!?」


 その場を離れて、少し飛んで。そして、わたしはこの世界を見て、戦慄した。

 とても高い建物がいくつもあった。摩天楼とはこのことだ。わたしの世界とはスケールが違いすぎる。なんて……なんて世界なんだ!


「あれ! あれ見て!」

「うっそ……。本物?」

「すごい、飛んでる……!」


 その声に視線を下げてみると、たくさんの神様たちがわたしのことを指差していた。誰も、一人も空を飛んでいない。地面を走るのは……乗り物、かな? その乗り物も空を飛ぶ気配はない。

 もしかして……。もしかして。勝手に空を飛ぶのは、悪いことだったりする……?

 ああ、どうしよう、すごく恥ずかしい! 神様たちに迷惑をかけるつもりなんてなかったのに! わたしは何しに来たんだろう、恥をさらしに来ただけじゃないか!

 わたしは思わず逃げ出した。一気に飛んで、建物の屋上へ。ああ、なんて高い建物なんだろう。神様たちがすごく小さく見える。


 いや……。なんでわたしは、こんな失礼な場所に来てしまったんだろう? 神様たちを見下ろすなんて、無礼にもほどがある! バカじゃないのかわたし!

 と、とりあえず、人がいない場所……少ない場所……。ああ、そうだ。あそこがいい。

 わたしが向かった先は、ちょっとした広場。ブランコと滑り台があるだけの、小さな公園。神様たちも、ブランコや滑り台で遊ぶらしい。

 ちょっとだけ親近感を覚えてしまうのは……失礼なことかな?


「はあ……」


 ブランコに座って、ため息をつく。わたしは、どうしてここに来たんだろう。

 ようやく、神様たちの世界に来ることができた。ウンエイ様にも会うことができるかもしれない。それが、とても楽しみだったのに……。

 やっていることは、恥をさらすことばかり。情けないにもほどがある。

 ああ、もうやだ……。帰ろうかな……。でも、あの世界に帰ったところで、何もすることがない……。寂しい……。

 思考がぐるぐるする。喜びが一気に悲しみになって、感情がもうぐちゃぐちゃだ。わたしは、どうしたらいいんだろう。

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