ゲーム魔女の現代観光

龍翠

01 プロローグ


 石造りの遺跡の最奥、大広間でその戦いは繰り広げられていた。

 ドーム状の大広間、その中央で空中に浮かび、数え切れない魔法陣を周囲に展開するのは一人の少女。真っ黒なローブにとんがり帽子という、いかにもな魔女の格好で、薄い青色の長い髪を揺らしている。まだ幼く見えるその少女は、けれど見た目にそぐわない獰猛な笑みを浮かべていた。

 相対しているのは十人。剣士だったり魔法使いだったりと、こちらは様々。満身創痍となりながらも、魔女を睨み付けて武器を構えていた。

 この魔女との戦いはもう何度も繰り返されている。多くの冒険者が幼く見える魔女に挑み、そして散っていった。誰一人として、この魔女に勝てた者はいない。

 そして、今回もまた。魔女の勝利で終わりそうだった。


「ちくしょう、まだ勝てねえのかよ!」


 戦士の一人が叫び、魔法使いが叫び返す。


「うるさいわね! 文句があるなら次はあんたが作戦を考えなさい!」

「そんなことできたら苦労はしねえ!」

「なら文句言うな!」


 ぎゃあぎゃあと、戦いの真っ最中だというのにケンカを始める二人。そんな二人へと、軽装の少女が苦笑いしながら言う。


「まあまあ。ケンカは終わってからにしようよ。少しでも情報を持ち帰って、次に活かそう」

「そうだぞー。また次、回復アイテムを買い込んで挑戦だー」


 そんな、和気藹々とした会話。当然、戦いは続いている。魔法が飛び交い、剣が舞い、魔女を殺すために殺到する。

 けれど魔女はそれを意にも介さない。笑顔のまま、あらゆる魔法で無効化していくだけ。

 間違いなく冒険者たちは死ぬだろう。どうあっても、ここから逆転などできるはずもないのだから。

 けれど冒険者たちに悲嘆の色はない。悔しげではあっても、それだけだ。むしろどこか楽しそうにも見える。

 だって、当然だろう。冒険者たちにとって、この戦いは文字通りのゲームなのだから。

 魔女は、ユニークボス。このフロアで冒険者を待ち構える、超高難易度のエネミーだ。




 この魔女は、ある日突然姿を現した。運営からの案内もなく、突然この場に配置されたのがこの魔女だ。最初に見つけたパーティが話しかけ、戦闘になり、そしてたやすく葬られた。

 この場所は、このゲームの最高難易度を誇るエンドコンテンツの舞台。そこに到達した冒険者、つまりプレイヤーがあっさりと倒されたわけだ。

 それを聞いたプレイヤーたちは、当然自分たちこそが魔女を倒すのだと次々と挑戦し、そして敗れていった。そうしていつの間にか、魔女は運営が用意した最高難易度のボスだろうと認識されるようになった。

 毎日のようにプレイヤーが挑み、そして散っていく。その繰り返し。今日もまた、同じように繰り返される。

 はず、だった。


「ふふ……」


 魔女が腕を振るう。すると全ての魔法が消滅し、プレイヤーたちは一切動けなくなった。


「な、なんだよこれ!」

「え、ちょ、なに!?」


 今までにはない行動。見たこともない動きを止める魔法。混乱するプレイヤーたちに、魔女は。


「あははははは!」


 哄笑。今まで笑顔ではあっても口を開かず戦い続けていた魔女が、初めて口を開いた。


「ようやく……ようやく、理解した!」


 魔女の楽しげな声に、困惑するのはプレイヤーたちだ。


「なんだ……?」

「え、なに? 何かのイベントでも始まった?」

「何がフラグになったんだ?」


 そんな会話など気にもせず、魔女は続ける。


「ありがとう! 冒険者の皆さん! これでわたしは……神の世界へと行ける!」


 そう叫んだ直後、見たこともない量、そして大きさの魔法陣が描かれていく。驚き固まるプレイヤーたちに、魔女はにっこりと笑って言った。


「次はあちらで会いましょう? 神様たち」


 その直後、光が世界を覆い尽くし、そしてその光が収まった時には、すでに魔女の姿はどこにもなかった。




 それ以来、魔女は出現していない。何人かのプレイヤーが運営に問い合わせを行った。いつの間にか消えている、バグではないか、また戦いたい、と。

 そういった問い合わせに対する運営の回答は、決まってこれだった。


『そのようなエネミーは実装しておらず、確認されておりません』

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