第7話 招かれざる訪問者

「やめて! 出ないで!」

「来客には私が対応する。アルベッロ、セレーノ、ステラさんを見ていてくれ」

「うん、パァパ」


 重なる2つの声。「いい子だ」と頭を撫で、玄関へ向かう。その間中、ドアノッカーは壊れそうに鳴らされていた。


「どなたでしょう?」


 覗き穴の先には、厚手のコートを着込み黒い帽子をかぶった男が立っていた。

 ステラと同じ金色の髪は乱れ、ゆらゆらと左右に揺れながら欠けた歯を見せつけるようにニマリと笑う。


「おたく、うちのオスカーをさらったでしょう。いけませんねぇ、困りますねぇ、弁償してもらっちゃおうかなぁ?」


 扉を開けてはならない。ニコロは反射的にノブを押える。

 男は赤い頬を緩めたまま、扉を蹴る。ドンと鈍い音が鳴る。衝撃がニコロの体に伝わる。


「返せよぉ、酒代がいるんだよぉ。さっさと返せよぉ、俺のだぞぉ」

「あなた……?」

「クリスティアナ、静かに。警察を呼んでくれ」

「分かったわ」


 クリスティアナが頷いて速足に廊下を奥へ進む。

 入れ替わりに、真っ青な顔をしたステラが玄関に歩いてきた。服の裾をアルベッロとセレーノが握って泣いている。


「だめよ! だめなんだから!!」

「行かなきゃ……僕が……出てかないと」

「ダメだ」

「かーえーせー。こわぁい人たち呼ばれたくなけりゃ、返せよぉ」

「行かせてください」

「ダメだ」

「おいそこで何をしている!」


 とうとうステラがノブに手をかけたとき、外から声がした。「いやぁね、うちの子どもがさらわれたんですよぉ」と男が扉に背中を向ける。

 ここしかないとニコロは思った。ステラを扉の前から横へと押し出し、外へ体を滑りこませる。


「近所迷惑だ」

「おぅ手前かぁ? 誘拐野郎はぁ、タネはあがってんだぁ、おーおぜーい見てたってなぁ、うちのをお前が連れてくとこぉ」

「人聞きの悪いことを言うな。彼は栄養失調と凍傷で寝込んでいる。証明が欲しければユリアン先生に聞け」

「おうつまりはぁ、手前がぁ、さらったってことだよなぁ? どーしてくれるんだぁ? 俺の酒代はよぉ」


 胸を指で突かれるのがたまらなく不快だった。ひどい酒の臭気が辺りを包んでいる。

 ガチャガチャと動くノブをニコロは後ろ手で塞ぐ。ふ、と扉が軽くなった。同時に「どうなされたのかな」と優し気な声が聞こえる。


「ユリアン先生、この人が子どもをさらわれたと言い張っているのです」

「よくないねぇ、あの子、虐待されてたよ。だからうちの医院に入院してもらったわけなのだし」

「虐待、ですか」

「そう。家に戻すのは、よろしくないね」

「手前かぁ!」


 突然、男はユリアン医師に殴りかかった。咄嗟に警官2人が男を取り押さえる。みぞおちが冷える感覚を覚えながら「連れて行ってくれ」とニコロは呟いた。警官たちは頷いて男を引きずって連れて行く。男が喚きながら連れていかれる。3人の姿が見えなくなったころ、ステラがパラッツォの芝生を踏んで走ってきた。

 どこにも男がいないことを確認し、ステラは顔を覆ってすすり泣く。「どうしよう」と小さな呟きが聞こえる。

 ニコロはステラの前に膝をついた。


「ステラ、勝負をしよう」

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