第6話 冬越し祭の準備
次の日は朝から騒がしかった。
昨夜電話したモンテベッロ氏が朝市に訪問。連れてきた医者にステラを見せた。医者の診断では、過労と栄養失調、それに中軽度の凍傷だった。「ゆっくりさせてあげてください」と言われ、ニコロは力が抜けた。
なにがあっても対処できるようにと、リビングにアクリル絵の具と筆を持ち込んで
聖ポールの帽子と襟巻を淡いオレンジで塗っていく。目は小さくクリクリと、鼻もボタンのように丸く描く。細い足につま先だけが影を含んだ紫色。
「ねえ、何してんの?」
「これか?
「……ポール?」
「聖ポールは新年を連れてくる精霊の伝承と、子どもの健康を守る聖人への信仰が混じって生まれた存在だ。現代では一年善く過ごした子どもにプレゼントを配って回ると言われておるな」
「へぇ、うちには来ないわけだ。僕、悪い子だから」
またクツクツとステラが笑う。なんと声をかけたものかと眉を寄せるニコロを余所に、アルベッロとセレーノがステラの膝の上に手を乗せる。
「おにいちゃんとこも? うちにだってポールはこないんだ」
「へぇ?」
一瞬だけ、温度のない視線がニコロに向けられる。ニコロは黙って絵付けを続ける。
「代わりにね、パァパとマァマとプレゼントこうかん!」
「ぼく、もくばがほしい!」
「あたし、おはなのケーキ!」
「おにいちゃんは? なにほしいの?」
「僕? 僕かぁ……」
「パァパ、おにーちゃんにもプレゼントあげる?」
「彼が許してくれるなら」
頷くニコロを、今度は複雑そうな目でステラが見た。
「パパとママを大事にしなよ」
「うん!」
セレーノが母似のはちみつ色の髪を撫でられて、心地よさそうに目を細める。
「アルベッロ、パパの仕事を見るか?」
「うん、みる! さわるのはないないね」
「うん、ないないだ」
羨まし気にセレーノを見ていたアルベッロを、ニコロは膝の間に乗せる。アルベッロは大人しく体重をニコロに預けた。一度筆を置いて、ニコロは顔をステラに向ける。
「服、大きくないか?」
「え? ああ、大丈夫。あんた、しゃべりながらでも絵付け間違えないんだ。……すごいね」
「これで食っているからな。お前もやるか?」
「やめとく。僕絵描くの好きじゃないから」
彷徨わせていた目を暗く沈めてステラは呟く。セレーノを撫でる手は指先が震えながら縮こまり、膝の上に落ちる。セレーノが不思議そうにステラを見上げている。ステラは「ごめん」と呟いた。背中を丸めて、体育座りになるステラの膝からセレーノの手が離れる。
「気が狂うから絵筆を握るだけ。楽しいなんて思ったことない」
「そうか」
「怒らないの……?」
「私は絵が好きだ。だからと言って、画家全員が絵を好きでいる必要はない」
「そ。羨ましいな」
「そうか?」
「うん。競える相手がいるのって羨ましい――ごめん、忘れて」
ステラが立てた膝の間に顔をうずめる。
同時にひどくけたたましくドアノッカーが叩かれる。ステラが大仰に肩を跳ねさせて、耳を塞いだ。
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