第4話 ステラ

「ただいま! クリスティアナ、悪いがバスタブに湯をはってくれるかい?」

「おかえり、ニコロ。お客さま?」

「コンティさんとこの窯にへばりついていたらしい。しもやけがひどいんだ」

「あらまあ……アルベッロ! セレーノ! バスタブにお湯をはって! 母さんは温かなお飲み物と暖炉の火を大きくするから」


 自宅の扉をくぐれば、クリスマスカラーのエプロンをつけたクリスティアナがニコロの頬にキスをした。「寒くないかい?」と尋ねれば「あなたが温まればいいのよ」と言って微笑んでくれる。


「それと、ごめん。今日も仕事は見つからなかったよ」

「そう……、気長に行きましょう。ステラの絵だって永遠に最先端ではないわ。この流行もそのうち落ち着く。そうしたら、あなたの絵だって売れるわよ」

「あんた、画家なの?」


 男が震える声を出した。

 奇妙な予感に胸が寒くなる。唾を飲みこんで、男をゆっくりと床に降ろす。

 

「そうだ。最近はめっきり売れなくなったがな」

「……あんた、本名は」

「ニコロ・ブラシアだが?」


 男は嘆くように顔を覆って、息を吐きだした。

 長い指先はどれも骨ばっているのに、赤紫色に腫れている。


「ダヴィデ・ヴィオレッタ……」

「そうだが……なんだ、同業か?」


 なんとなく、その次に来る言葉をニコロは予測できた。

 男は顔を手で覆ったままクツクツと笑い始める。猫背で発せられる笑い声は、泣き声が引きつっているようにも聞こえた。「おい」と肩に伸ばした手は、男が手を振ったために触れることはない。

 男の目は、上等な宝石のようなディープパープル。それが涙で揺らいで、蠱惑的な美しさを放っていた。


「ステラって言ったら分かるでしょ。ロクなことにならないから、僕のことなんてさっさとどっかに捨てちゃいなよ」

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