第3話 男を拾った
大事な話をするのだから、豪華なものを買って帰ろうとニコロはコートの襟を寄せる。いい出店はないかを周囲を見渡す。ふと、視界の隅に人だかりを発見した。次いで聞こえるのは鈍い音。嫌なものを見た、とニコロは眉を寄せる。もう一度、息を深く吐いてから人だかりに向けて歩いていく。
「おい、何があった」
「分かりません。なんか営業妨害らしくて……」
つま先立ちをして前の状況が見えないかを試すが、見えない。人波に「失礼」と声をかけて前へ前へと進む。人垣を抜けたとき、ぽっかりと開いた空間には指先が赤紫に腫れた男が蹲っていた。パン屋の女将が箒を振り回して叫んでいる。
「営業妨害だ! さっさと家に帰りな!!」
「失礼コンティ夫人、どうなされましたか?」
「ああ……ブラシアさんかい。こいつがうちの窯の壁に張り付いてたんだよ。こんな身汚いのにいられちゃあうちの商売上がったりだ」
「なるほど……」
蹲った男をよく観察する。
年のころは10代か20代。伸ばしっぱなしの金色の髪はギトギト。目は閉じていて、色は分からない。着ている服は垢と油彩絵の具で汚れたスウェットが一枚。中にシャツを着ているかどうかは分からないが、真冬に外へ出る格好でないのは確かだ。足は裸足。こちらも指先が赤紫色に腫れて擦り傷ばかりを作っている。唇は真紫。震えがひどい。
「うん、寒かったのだな! だがパン屋の窯に縋りつくのは営業妨害だ、よろしくない!! うちに来ると良い!!! 今夜の宿くらいは貸そう!!!!」
触ることへの躊躇がまったくなかったかと言われれば、ある。
見ず知らずの男を家に入れることにも躊躇もある。だが、翌朝凍死体が大通りで見つかってはサングエの名に傷がつくと思った。ひとまず男を自身のコートでくるんで持ち上げる。息子と同じくらいの背丈にしては軽すぎる体重に悲しさが沸き上がった。
「みなさんはそれでいいかな!」
「あたしゃ、そいつを連れてってくれるならなんでもいいよ」
見物人たちも、うやむやな肯定を返す。
「では決まりだ」と笑って、歩き出すニコロの背中に「そんな余裕がまだあるんだね」と誰かの声が届いた。唇を噛んで、ニコロは無理やり笑顔を保つ。男は不思議そうにニコロを見上げて「面倒なことになるよ」と呟いた。
「構わんとも!」
ニコロは笑って、家路を急いだ。
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