第5話「終幕」

ある日の夜、城の庭を散歩していた。

最初は他愛ない雑談だったが、深く踏み込んだ質問をしてみた。

「ねぇ、そもそも、どうしてそんなに私に興味を持ってくれるの?

私達は生まれも育ちも環境もまるっきり違うじゃん。」庭の噴水台にルイが座る。

「____本当は僕、恵まれてなんかいないよ。」「…何を言う?十分恵まれて…」

「僕、一度死んだんだ。」

……?

「どういうこと?」


「最初に生まれた家庭は最悪だった。父親はアルコール依存症、母親は僕を捨てて逃げちゃうし、お金もなかった。

父親は何かある度理由を付けて僕を殴る。

大好きなピアノも取り上げられたし、食べ物も碌に与えてもらえなかった。

学校でも虐めの対象になり、孤立した。

人が怖くて、人の顔色ばかり伺っていたら鬱病になった。

この時の経験が、少しは人の気持ちを察する手助けになったかもしれない。

ずっと助けて欲しかったけど、誰も助けてくれなかったんだ。

そんな時、唯一の生き甲斐が『死』だったんだ。

可笑しな話だけど、『いつでも死ぬことができる』って思うことだけが生きる希望だったんだ。

そして、漸くその時が来ただけ。こう見えて結構頑張って生きた方なんだよ(笑)」

「……。」


「その時気付いたんだ。人生は〝演舞〟だと。沢山の観客が眺めていて、僕たちはその舞台で躍らされているんだって。

勝手に始められた舞台、自分の手で幕を閉じたっていいんじゃないかって。

死んだ後は裕福な王族の子供に生まれ変わった。スイーツでもなんでも与えてくれて、

人望にも恵まれ、大好きな音楽も自由にやらせて貰える家庭にね。」

「……信じられないけど、そんなことが…。

でもやっぱりそれでどうして私を選ぶのか分からない。」

「僕は死神なんだ。」

ルイが噴水台に立ち上がる。


「きみは僕に似ていると思った。というか、共感できたんだ。

やりたいことができないもどかしさ。そして、生きていくことの難しさ。

僕ときみは〝正反対〟なんかじゃないよ。


きみは最初から分かっていた。きみの病は命に関わるもので、本当は終幕が近づいていること。

どうして僕が夜にしか現れないか。それは僕は眠っているきみが創り出した存在だから。

どうして自由に動き回れるのか。それはここが死後の世界だからだよ。

『幸せになって欲しい』。だからここへ連れてきた。

病気も苦しみもない世界で、永遠に、躍ろうよ。」


「人間が生まれてくる意味ってなんだろう?

私はきっと〝その人がその人である証明〟を残すことだと思う。

この世界には何億という人間が居るけど、その他の誰でもない、〝私〟という代わりのいない存在になりたくて、誰の真似でもない唯一無二の旋律を奏でていた。

出来ないことが増えていき、10年もベッドで寝たきりで、段々と自分自身が何者かすら分からなくなっていく中で

小さなトイピアノだけが私の世界だった。それでも人と比べちゃうんだけどさ、私は私でいたいと思うよ。ありがとう。ルイ…。」


タイトな足取り、リズムはアレグロ。

私は思い切り躍った。そしてどこまでも自由な私らしい旋律を奏でた。

ルイが最期に作ってくれたテリーヌ・ショコラは涙の味がした。

この時の私はきっと人生という舞台で一番輝いていたかもしれない。

演舞が終わると拍手の音と共に幕が下りていく。

観客席に向かい深く頭を下げ、幕が完全に下りるまで拍手が鳴り止むことはなかった。


____

_______


ピーーーーーー。


「2:51 ご臨終です。」

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終幕のマスカレード Folder @zvehour

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