第4話「エレガンテに」

「おはよう。あなた、今日の体調はどう?」

「…あんまり…」

「そう。何かあったらまた言ってね。」

母親が部屋を後にする。貰ったピンクの薔薇は徐々に水分を失っていた。

治療の影響で毎回全身に激痛が走る。無理な治療をしているから当たり前といえば当たり前だが。

幾ら楽しい夜を過ごしたとて、日中の苦しみにはなかなか慣れない。

今日はたまたま体調が良くなかったが、明日にはよくなるといいな…。


ルイは事情により夜にしか会うことができないらしい。

その為日中は闘病生活、夜はルイと病室を抜け出しては、自由に躍って演奏し、まさに自分のやりたいことを叶えていた。

普段は一切動けないのに、ルイといる時だけ

まるで魔法にかかったかのように全ての苦しみを忘れられた。

でも、唯一どうしてもできなかったことがある。

それはルイに〝自己開示〟することだった。こんな事件が起きた。


いつものようにルイと遊んだ日のことだった。

「ルイはどうしてそんなにピアノが上手なの?」「幼少期から徹底して叩き込まれたからね(笑)お父様とお母様が厳しくてね。

でも厳しいレッスンを終えたらデザートを沢山くれたんだ。

昔は賞とかも獲ってたんだけどね。今はたまにしか弾かなくなっちゃったよ。」

「賞…。そうなんだ…。私も獲ってみたかったな…」

ルイは私の表情に一瞬陰りが射したのを見逃さず察してくれたのか、すかさずフォローを入れた。

「病気だからね、しょうがないよ。きみだって元気だったら賞でもなんでも獲れたと思うよ。」

「……」


気まずい静寂。その日の舞踏は終始黙り込んだままだった。

折角私を気に入ってくれたルイを幻滅させてしまう。本当はこんな暗くて卑屈な奴だとバレたくない。

どうしてこんなに優しいルイに対して醜い嫉妬心を感じてしまうのだろう。…私は無理に笑顔を取り繕う素振りをした。

「見てみて!新しいステップを覚えたんだ〜!ねぇねぇ!門にいた女性から帽子を貰ってね〜!それでね〜昨日ね〜!ふふふ。」

「まるでこれじゃ、マスカレードだ。」

深いため息と共にルイが皮肉づく。

「きみは固いペルソナで自分自身を覆い隠しているように見える。」

私は黙り込んでしまった。暫くして重い口を開いた。


「…だって…本当の自分を知られたら嫌われてしまう。

私、才能なんてないんだよ。ピアノも下手くそ。ただ無能なだけなのを病気の所為にしているだけかもしれない。

人生に何の結果も残せなかった。友達もみんな上辺の存在ばかり。

…私とは正反対のあなたにこの気持ちは分かんないよね。だから私は自分を覆い隠す。ごめんね。ルイ。」

暫く間を置き呆れたようにルイが言う。

「こんなに華やかな舞台にまで来てきみは悲歌を詠ずるのかい?やりたいことが制限される中で自由にメロディを奏でるきみは輝いていた。ありのままのきみを見たいんだ。

取り繕わなくていい。もっときみのことを教えて。


____だって、この世界に未練はないでしょう?」


「器用にできなくてもいい。

〈甘美に〉、〈優雅に〉躍ろう。」そう教えてくれたのはルイだった。

なぜこんな私に優しくしてくれるのか。なぜ私の気持ちを敏感に汲み取ることができるのか。

何の痛みも知らず順風満帆に育った人間とは思えない、彼の「察しの良さ」に

とてつもなく暗い陰が見え隠れしていた。

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