第6話 原作開始

「今日から入学式か」


 そして、原作が始まる日でもある。まだ着慣れていない制服に身を包んだ信二は鏡を見る。やはり、この童顔なせいで中学生に見られる顔はどうにかならないだろうかと思いながらも、忘れ物が無いかチェックしていく。


【美少女が死ぬって本当ですか?】


「リョウはプロローグで、サキは1章のボスとしてだ」


【どうしてそんなことに? あっ、男の方は良いです】


「カケルが人型EXギアを手に入れたことで、取り戻そうとする組織があるんだが、サキはそいつらにさらわれて天使との融合手術を受けさせられてしまう。そのことに関する記憶を消されたサキは時々起こる発作に苦しみながらも、いつものように暮らそうとするが、GWにカケルが選んだヒロインと遊園地デートをしているところを見られてしまう。その瞬間、湧いた憎悪で化け物に変身、周りの客を巻き込む大惨事になる。最後はカケルとヒロインの合体技でその化け物がサキだとは知らずに殺してしまう。その真実を知るのは第6章になる」


【人の心ぉ!人の心は無いんですか】


「おう、人の身体を乗っ取るお前がそれを言うか」


【この世にはやってはいけないことがあるんですよ。それは美少女の命をもてあそぶことです】


「鏡見るか?」


【美少女が映っていますね】


「うむ。俺にはロクデナシが映っているように見えるが、おそらくは見解の不一致だろう」


【価値観の違いですね】


「価値観は共有するものだ。押し付け合えば争いしか産まん。そろそろ出ないと、遅刻するから、移動中に話すことにするぞ」


【了解です】


 部屋から出て、高校へと向かっていく。借りているマンションは高校まで歩いて10分と近い。早歩きすれば多少の余裕をもって着くことはできるだろう。


(二人を救う手段についてだが、リョウは死なないと話が進まないからどうしようもないし、サキが誘拐される日も場所もわからないから、事前に防ぐことが難しい。だが、サキに関しては『今の自分なら救えたかもしれない』と後悔するシーンがある)


【あるんですね、方法が!】


(成長したカケルなら、融合させられた天使だけを断ち切って元の人間に戻すことができる。だが、当時のカケルにはそんなことはできない)


【絶望的です】


(【浸食】でなかったことにするのはできないのか?)


【機能の一部を封じるくらいならできるかもしれませんが、今の私の状態では全て無かったことにするだけのことはできません】


(今のというと……俺の浸食率を上げれば的なものか)


【70%くらいまで上げてもらえれば可能かもしれません。浸食させてください。何でもしますから】


(断固として拒否する。原作との流れはできる限り小さくしたい)


【美少女を見捨てるんですか!それは美少女じゃありませんよ!】


(……承知した。入学式中にいくつか案は考えておく。それらの案をシミュレートし、成功確率を計算してくれ。正直なところ、あの話は好きではあるが、後味も悪い。原作という大きな流れに俺たちがどこまで介入できるか。俺たちが改変すべき第7章、これに抗うにはどれだけの労力がいるか。それを見定めるいい機会になる)


【美少女!手のひらクルクル祭りですよ】


(お前のどこに手のひらがあるのか聞きたいがな。当面の問題は事前に俺たちがカケルたちに会ったことで原作内容が変わってしまわないかどうかだ。EXギアが手に入るプロローグ、これを万が一に備え、エクステラ姿で後ろから追いかけるスニーキングミッションを開始する)


【任せてください。美少女救出作戦始動です】




 入学式中、カケルは会場内を見渡していた。もしかすると、自分たちを救ってくれたエクステラがこの学校の生徒かもしれないと思ったからだ。だけど、それらしい女子はいない。幼馴染のアスカが言うには『あれだけばっちり化粧されていたら、落とすだけで化けるわよ』とのこと。きちんとお礼をしていなかったこともあって、会ったらそのことでお礼を言おうと思ったからだ。


 校長の長ったらしい話も終わり、それぞれ決められたクラスに入る。自分とアスカは隣の席、サキは離れた後ろの席、リョウは別クラスになってしまった。リョウだけ違うクラスになったのは寂しいが、放課後になれば中学と同じようにダンジョンに入って、小遣い稼ぎ。


(でも、前のことがあるから、しばらくは低レベルダンジョンかな。僕のEXギア、買い直さないといけないし……)


 EXギアは高い。海に落とした不手際はあったとはいえ、水没で駄目になるような安物では今後の学校生活に付いていけないのは痛いほどに理解した。しばらくは足技でなんとかできそうなDランク、アスカたちとCランクのダンジョンを潜ってコツコツお金を貯めないといけない。


(GWまでには溜まるかな)


 そんなこと思いながら、オリエンテーションが始まり、一人一人自己紹介が始まる。『あまち』だから、出席番号2番と早い。


「天地カケルです。異能は【加速】のDランクです。お願いします」


 くすくすと笑い声が聞こえる中、着席する。それもそのはず、学園都市に来る時点で大抵はCランク。Dランクはかなり少ない。そして、井上、牛島……と続き、隣のアスカの堂々とした自己紹介。男子の反応を見る限り、やはり幼馴染は高校でも人気者になりそうだ。

 そして、しばらくしてサキの自己紹介。緊張しているのか、声が震えている。それからはC~Bの見知らぬクラスメートの自己紹介が始まる。そして、最後に――


「俺は森山信二。操作系の異能を持つが、自慢できるほど強くはない。Dランクだが、魔力操作に関しては誰にも負けないと自負はある。よろしく頼む」


(自分と同じDランクなのにすごく堂々としている。僕もあんな風になれたらなぁ。後で話しかけてみよう)


 自己紹介の後は体力測定。ダンジョン中での行動を加味しての測定なので、魔力や異能の使用はアリだ。【加速】が使えるカケルはBランクの上位陣にも引けを取らないが、それだけだ。一方、信二は自身の少ない魔力を試験に合わせて使い、どの項目でもCランクくらいの身体能力を発揮している。


(森山君、本当に僕と同じDランク? 嘘でしょう、どうみてもCはあるって)


(うむ。同じクラスになってDランクが二人になってしまった時は焦ったが、少しは格上感は出せたか)


【私を使っていれば、もっと余裕に――】


(目立ちすぎる。使わなくても良いならそれに越したことはない。これで放課後にイベントは起こるだろう)


 この体力測定で2人は走りだけのDランクとほぼCランクのDランクとクラスメートに認識されるのであった。体力測定が終わり、魔法の測定。測定用の水晶に魔力を流しての測定。カケルはD、体力測定ではイマイチな成績だったサキはA、逆に良好だったアスカはC、信二はEだった。


(魔力量はどうしようもないな)


【ワタシヲツカイナサイ。カチタイデショウ】


(誰に勝つつもりだ)


 今度は魔法を的に当てるだけの簡単なテスト。だが、カケルは原作通りEXギアが壊れているのでE未満の失格扱い、アスカは的にかすらせてヨシと喜ぶレベル、サキは真ん中から少し外れてB判定、信二は真ん中を射抜きA判定。


(スナイパーが命中率悪かったら話にならん)


 最後にレベルの近い者同士での模擬戦。命の取り合いにならないように銃は支給品のゴム弾、刀剣は歯引きしてあるものを使用する。


(このルールだとこうなるのは分かっていたが、俺がチュートリアルの敵になるとはな。俺が負けたら、放課後イベントが無くなるかもしれん。勝つには――)


「森山君、お願いします」


「ああ、こちらこそ。だけど、手加減はしない」


 先生が笛を鳴らすと同時に先手必勝と言わんばかりに【加速】を使い、信二の懐に飛び込む。


(初手加速はゲームでいつもやっていることだが、現実で見ると思ったより速い)


(EXギアの無い僕が勝つには!)


 信二が握っていた銃を蹴り飛ばして、まずはイーブンの状況を作り出す。そして、その勢いで小柄な信二に向かって足を振り下ろすも、被弾地点を予想されて強化し耐えられる。そして、勢いを失った足をガチリとつかまれたカケルは叩きつけられ、挽回策が無い彼は降参するのであった。


 そして、模擬戦が終わり放課後、さっさと帰ろうとした信二にカケルが声をかけてくる。


「森山君、ちょっと良い?」


「君は模擬戦の……どうしたんだ」


「暇があるなら僕たちとダンジョン潜らない? 紹介したいやつもいるんだ」


「それは構わないが――」


「おうおう、なんだダンジョンを潜る話か?」


「残念だけど、アスカちゃんは俺たちと潜る約束しているんだ」


「はあ、何を言っているの!アンタ!」


「ゲヒヒヒ、俺たちに逆らうなら、そこの最弱のDランクが痛い目に会うぜ」


「カケルは関係ないでしょう」


 キレたアスカが不良に殴り掛かるが、異能無しでのパンチでは軽く受け止められてしまう。異能はよほどのことが無い限りはダンジョン外での使用は禁止されているのだ。


「弱い弱い」


「サキちゃんもオイラたちと一緒に来る出やんす」


「や、やめてください」


「おい、嫌がっているじゃないか!」


「あん、最弱ごときが俺たちに歯向かうつもりか?」


「そうだ」


「カケル、アンタじゃ無理よ」


「そうです。私たちは……平気ですから」


「僕は二人が嫌がっている顔を見たくない!」


「おもしれえ。だったら、探索者らしくダンジョン探索でケリをつけようぜ」


「いいよ、望むところだ!」


「ちょっと!」


「せめてルールだけでも……」


「いいや、こいつは今、俺たちの提案に乗った。クラスメート全員が証人だ」


「ゲヒヒヒ、ルールは簡単。俺たちがこのダンジョンコアをダンジョン内に隠す。お前たちはそれを探し出せればいい」


「それは良いけど、どこのダンジョン?」


「エクステラが現れた幽霊工場のダンジョンは知っているな」


「ああ、夜中にダンジョンに潜るとどこからともなくすすり泣く少女の声が聞こえるっていうあの……」


「そうだ。ようやく自衛隊の調査が終わって解放されたからな。あそこを使う」


「そして、俺たちはモンスターに混じってお前たちを妨害する」


「俺たちの攻撃で気を失っている最中にモンスターに襲われても助けないでやんす」


「はあ? 条約違反も甚だしいじゃない!」


「カケル君、こんなの受けたらダメだよ」


「お前たちは心配する必要はない。そんなに心配ならついてきても構わないぜ」


「少しでも余計なことをすれば、その時点でお前たちの負けだけどな。ゲヒヒヒヒ」


「いいよ、その条件で。人に嫌がらせするような奴らに僕は負けない!」


(俺の目の前で原作ストーリーが行われている。これだよ、これ。こういうのを見たかったんだ……)


【●REC】


 信二が心の中で惚気ている様子を、ステラはじっくりと観察するのであった。

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