第1話 偽りの美少女

 20世紀初頭。世界中で後にダンジョンと呼ばれる謎の異空間が発生。世界各国はその中に調査隊を送りこむと、ファンタジー小説でしか出てこないような化け物、鉄よりも固く銅よりも加工性に優れアルミよりも軽い未知の鉱物、後にダンジョンコアや魔石と呼ばれるエネルギー結晶体が見受けれた。天からの恵みだと感じた人々は世界大戦を中断し、その戦力をダンジョンに向けた。悲しいことに人類が経験した初めての世界大戦は人の手では終えることができなかったのだ。

 それから1世紀以上の時が流れ、人々はダンジョン資源を潤沢に使用し、発展してきた。特にダンジョン資源を用いることで、物理法則を無視した超常現象――いわゆる魔法を引き起こせるEXギアの開発により、ダンジョンはもはや恐れるものではなく老若男女が訪れる狩場となっていた。

 そんな日本で森山信二は最後の中学生生活を屋上で友達と一緒に過ごしていた。


「今日でお別れか」


「ああ、そうだな。お前は親父さんのラーメン店継ぐんだろ」


「おう。そういうお前こそ学園都市の高校に行くんだろ。完全エリートコースじゃん」


「最弱の中黄高校だけどね」


「それでもエリートはエリートだろ。Dランクでもいけるもんだな。魔力操作しか取り柄無かったじゃん」


「魔法以外の教科は得意なんだけどね」


「そうそう、中学入ってすぐ、交通事故に遭ってからへっぽこになったもんな」


「記憶喪失になっていたんだから仕方ないよ」


 それは嘘だと心の中で謝る。記憶喪失などなっていない。むしろ、はっきりと覚えているくらいだ。信二には前世の記憶がある。前世の自分はただのしがない大学生。将来のヴィジョンなど見えておらず、勉強やアニメやらで毎日をただ消費するだけの日々。

 ある日、目を覚ますと病院のベッドに寝かされ、体中を包帯でぐるぐる巻きになっていた。そして、両親と名乗る見知らぬ男女。戸惑いながらも、病院の鏡で自分の顔を見ると、あどけなさを残す少年の姿。背丈も小さくなっており150cm台、手足は細く運動はしてなさそうだ。声も男にしては高く、まるで声変わりしていないかのように聞こえる。


「これは異世界転生って奴か……?」


 ありえないと思いながらも、それしか考えられない状況。そして、交通事故の影響で事故前の記憶を失ったと判断された信二は『信二を演じるロールプレイする』第2の人生を歩むこととなった。ただ問題はこの世界が自分が好きだったレトロRPGと同じ世界観をもっていることだった。


(俺と主人公の天地カケルはおそらく同じ年齢。ただ、学園都市に行かず、この地域に住めば問題はない。そうしたら死ぬようなイベントは全て回避される)


 第一希望は地元の高校。親の反対もない。しかも、日本人の9割超が使えると言われる異能は無く、魔力量は最低ランクなため、使える魔法は基本的なもののみ。とはいえ、多少なりとのプライドはあったため、個人の努力でどうにかなる魔力操作だけは磨き続けた。

 その結果、3年の三者面談で担任から学園都市の中黄高校を受けてみてはと言われる。多数の優秀な探索者を輩出してきた学園都市にある5つの高校は国から支援されており、学費はほぼ免除されているに近い。特段裕福な家庭ではない森山家にとっては行けるのであれば行ってほしい高校だ。


(親から期待されていたらわざと落ちるなんてできない)


 根が真面目だった信二は真面目に勉強し、魔力操作に磨きをかけて、この分野ならば誰にも負けないという自信を身に着け、ダメ元で中黄高校に受験し、無事合格した。そして、今、現在、中学校から帰ってきた信二は引っ越しのための荷造りをしながら頭を抱えていた。


(おかしい、なぜこうなった……学園都市に行ってみろ第7章で全滅だぞ、全滅)


 全8章あるシナリオの中で第7章ではそれまでのシナリオでちょくちょく出てきた天使と呼ばれる化け物が本格的に襲来、モブ生徒たちが次々とやられていき、名ありのキャラ以外はほぼ死に絶えるのだ。そして、このゲームには森山信二とかいう男子生徒は出ない。つまり、モブだ。死亡確定だ。


(死なないためには天使を退けるだけの力が必要だ。魔法はどうしようもない。となれば、強い武器を手に入れるしかない)


 強い武器は当然高価。天使の襲来までお金をためて買う時間はおそらくない。ダンジョンでドロップする武器を狙うにしても自分がいけるDランクダンジョンで手に入る武器では歯が立たない。


(最低でもBランク。可能ならばAランクの武器が必要だ。Dランクまでのダンジョンで高レベル武器を手に入れる方法……危険すぎるが一つしかない)


 担保は自分の命。やり直しは効かないデスゲーム。普通ならば取らない手段だが、何もしなかったら死ぬのであれば、やる以外の選択肢はなかった。



 学園都市に引っ越した信二はその足で近くにある廃工場のEクラスダンジョンへと向かう。ここに出てくる雑魚はスライム、強くてゴブリン程度。よほど油断しなければ死ぬことが無いダンジョンだ。ダンジョンと化した廃工場の中に入っていき、うす暗い廊下の突き当りを目指す。


「魔力はできるだけ節約したい。エクス、敵性反応の感知を頼む」


【了解しました……次の十字路、右からゴブリン。数2。範囲内にそれ以外の反応ありません】


「ゴブリンにしてはやけに少ないが承知した。こちらから撃つ」


 信二は近くの部屋に入り、手持ちの銃に魔力を込め、ゴブリンがやってくるのを待つ。棍棒を持ったゴブリンの影が見えた瞬間、信二がトリガーを引き、バンバンと銃声が鳴り響くと2体のゴブリンは為すすべなく倒れる。念のため、ヘッドショットをかましたが、反応は無し。死んだことを確認した信二は歩き始める。

 目的地にたどり着くと、そこにはダストシュートがあった。


(このダストシュート、本来は物語の後半で主人公が向かう最奥の層とつながっていることが分かる。そして、そのエリアは主人公の新武器でしか倒せない敵が出てくるスニーキングミッション。見つからずに逃げる。低レベルであろうと途中までなら問題はないはず)


 そして、主人公の新武器を除くアイテムを手に入れた後、脱出。ガスマスクを被り、この女子生徒並みの小柄な身体ならば入れそうなダストシュートに入ってダンジョンの最下層、Aランク相当のダンジョンへと潜り込む。


(うまく入れたな。追っかけてきたヒロインが入れるなら問題ないとは思ったが、実際やるまでは不安だった。いや胸がない分、楽か?)


「エクス、敵性反応は?」


【数1。こちらに向かってきます】


「やれやれ、かくれんぼの始まりか」


 ごみの入ったコンテナの中に潜み、辺りを伺う。すると、ドアを壊しながらドロドロに溶けた土人形のような化け物があたりを見渡すも、何も発見できずにのっそりと立ち去っていく。


「エクス、敵はどれくらい離れた?」


【敵1。反応離れていきます。視認できる距離にはいません】


「承知した。EXギアのレーダーに敵反応を表示してくれ」


 コンテナから出て、レーダーに注意しながら、ある部屋を目指していく。その部屋のカギに魔力を流し込んで無理やり開錠、机の上にあるカードキーをとり、すぐさま近くのロッカーに入る。すると、ドスドスと音を立てて先ほどの化け物がまっしぐらにやってきてあたりを見渡す。そして、何もないことを確認した化け物が部屋の外に出ていった瞬間、キャーと女の子が悲鳴が聞こえる。


「エクス、声紋照合」


【声紋パターン確認。Dtuberのみみみとである確率72%】


「去年から台頭してきた迷惑系Dtuberの現役女子高生か。Bランクのはずだが、おそらくダンジョン内でイタズラしようとしたものの、ダストシュートに入った俺の後をついてきたのだろう。道理で敵が少ないわけだ。だが、助ける義理はない。むしろ、そのまま囮になってくれた方が良い」


 一番の難敵を引き付けている間に最奥の扉を目指す。扉の横にあるカードリーダーにカードキーを通して、扉を開ける。そこには巨大な試験管が部屋中に敷き詰められ、その中には裸の女の子が浮かんでいる。それらの女の子をよく観察すると片目が腐ってこぼれ落ちたり、片腕だけが異様に発達していたりと、普通の状態ではないことがわかる。


【これがマスターの言っていた……】


「ああ、これが人型EXギア、人間と天使との融合体、その成れの果てか……ゲームで知っていたから覚悟はできていたとはいえ、これは……な」


 せめて安らかに眠ってもらおうと手を合わせる。数秒の黙とうの後、これは死体漁りではない生きるためだと言い聞かせて使えるものが無いか探す。


「確かゲームだと、このあたりに……あった」


 信二は転がっていたナイフを拾い上げる。黒光りするこのナイフは呪い効果を付与するBランク相当の武器。とはいえ、この武器だけでは心もとない。他に何かないかと探査魔法を仕掛けてみる。


(持っている魔力を薄く伸ばして、纏わせて自分につなぐイメージ……)


 他の人ならばパッとできるだろうが、信二は脳内でしっかりとイメージする必要がある。その分、時間はかかるものの精度が良いため、重宝している。そもそも精度を無視して短時間で良いのであればEXギアに任せればいいというのは個人的な主張である。


【○○○!】


「……なんだ、変な言葉が脳裏に」


【○○○!○○○!】


「まただ。方向はあっちか」


 部屋の中央ではなく西側の壁へと向かう。一見何もない壁に見えるが、頭に話しかけられている謎の反応は間違いなくこの先にあるとなぜか確信めいたものがある。


「隠し扉の類か? だが、ゲームにそんなものは無かったはず」


 本来ならば、主人公の武器が部屋の中央にあるのでそれを受け取るだけの部屋。隠し扉など存在しない。だが、目の前の反応から目を背けるような真似はせず、目の前の壁に手を触れ、魔力を流し込んで隠し扉が無いか調べていく。


【おお、美少女と繋がりました!今、開けますね。カモン、美少女!】


(すごく入りたくないのだが……)


 声の主の言葉が分かり、引き返そうかと思ったが、ここまで来たからには毒を食らわば皿まで。足を踏み入れると、そこには何も入っていない試験管がぽつんと立っていた。


「何もない。もしかすると、これも魔力を流せば……」


【OH、YES!このステラちゃんの裸姿が赤裸々に丸裸に!でも、美少女ならOKです】


「……一つ、誤解を解いておこう。俺は男だ」


【またまた。ステラちゃんの眼はごまかせんよ。間違いなく美少女。間違いありません】


「節穴にもほどがあるな。お前の本体はどこにある?」


【私の美少女ボディに惚れました? いや~ん】


「(何もないが……)うむ、素晴らしい身体だ。その透き通るような肌、直視できぬほどに美しく見える。できれば俺と契約していただきたい」


美少女ラジャー!】


「契約成立ということでよろしいな。エクス、ご婦人のデータをダウンロードしろ」


【了解、ダウンロード開始……ぐああああああああああああああああああ】


「どうしたエクス!返事しろ」


【代わりにステラちゃんが来たああああああああああああああ!】


「エクスはどうした?」


【【浸食】させてもらいました】


「【浸食】? エクスを乗っ取ったということか?」


【はい。私の異能は【浸食】。触れた相手に干渉し、操作できる能力です】


「なるほど。それでダウンロードしたデータを通じてエクスを乗っ取ったということか」


【はい。そして、もう一つ。この乗っ取ったEXギアに触れた相手も乗っ取ることができます】


「しまっ――」


【追放してももう遅い。美少女の身体を奪った私は美少女とイチャイチャするが始まるのです】


「ぐおおおおおおお…………お?」


【…………あれれ?】


「…………ステラと言ったな、申し分はあるか?」


【あの乗っ取れないのですが。【浸食】は間違いなくしているんですが、肉体と結びついている魂が無いというかおかしいというか。おかげで浸食が進まないんですが……】


「魂が無い……(もしや異世界転生が原因か)」


【あのすみませんが、御贔屓に使ってもらってもよろしいでしょうか】


「俺にメリットは?」


【美少女が更なる美少女になれます】


「意味が分からん」


【ちょっとだけ。さきっぽだけで良いから使ってください】


「仕方ない。使わせてもらおう」


【では変身!】


 身体の中から魔力があふれてくると、着ている服がゴスロリドレスに変わり、短く整えていた髪が伸びていく。眼は紅く染まり、アイシャドーが引かれ、パッチリとしたまつげが生えてくる。何が起こったのか分かるように手鏡まで出してくる始末だ。


「……おい、なぜ女装させる」


【美少女には可愛い服を着せるのが正義です】


「さっきも言ったが、俺は男だ。ったく、声も少し高いな」


【と言っている男装美少女でしょう? 私の眼に狂いは……なんですとぉおおおおお】


 女の子だと思っていたステラは多少、体をいじったものの性別は変えていない。マツタケはあるし、プリンは無い。見た目だけ美少女の男の子の完成である。


【おんどりゃああああああ裏切ったのですかああああああ】


「お前が勘違いしただけだ。それに最初に断りを入れている。俺に落ち度はない」


【美少女おおおおおおお!】


「やれやれうるさい奴だ。この感じる魔力量は桁違いだ。普段の魔力量をコップ1杯に例えるなら、今の俺はダム湖……底が見えない。エクスを失ったのは痛いが、目標は達せ――」


「誰か助けてええええええ!」


「その声、みみみか! 次から次へと。ステラ、元の服に戻してくれ。逃げるぞ」


【何言っているんですか。天使もどきくらい私たちなら一撃ですよ】


「できるわけがない。主人公が扱う【切断】が無いと自己再生の前にジリ貧なんだぞ」


【私の【浸食】でも似たようなことができますよ。ただ斬るだけあんて下位互換も良いところです】


「だが、どうやって触れる。俺は遠距離型のガンナーだ。肉体強化はできても、接近戦は得意じゃない」


【ご自身の異能を使えば良いだけのことでしょう? 私とつなげればそれだけで勝ちです】


「俺にそんな異能は無い」


【おや、気づきません? ちょいと浸食した際にわかったんですが、自分の異能で自分の魂を肉体に繋いで意のままに操っているんですよ。初めて見る異能なので気づくのが遅れました。なので第一発見者の私が命名しましょう。その異能の名は【接続コネクト


「……【接続】か。憑依やネクロマンシーとかじゃないのか」


【探査魔法の魔力と接続したからこそ、私の声が聞こえたのですよ。憑依とかネクロマンシーとかそんな安っぽいものじゃあありません】


「【接続】、どうやって使えばいい?」


【探査魔法みたく自分の魔力を触れさせれば良いかと。ちょうど銃持っていますし、弾丸に魔力を纏わせて発射。着弾した魔力と私、EXギアを繋ぐイメージで】


「承知した。練習無しの1発本番だが、お前とあの化け物を【接続】させて、【浸食】させれば勝てるんだな」


【さすが美少女。話が早い。さあ、美少女を助けましょう。さあ、脚本家私!メインキャストは美少女!美少女らしく振舞ってもらいましょう!】


(やれやれどうしてこうなった……予定とは異なったが天使とやりあえるのであれば、演技だろうがやるしかない)


 脳裏から小うるさしく叫んでくるステラに嫌気をさしながらも、彼女の脚本に乗るのであった。

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