第2話

 祖母と駅まで戻るバスの中で、私は色々と想像してみた。

 一つ目の推理は、昔の人らしく、踊りに行ったのではないかという推理。

 昔はディスコというのが流行っていて、若者はよくそこへ踊りに行っていたと言う。先輩に誘われ、踊りに行ったおじいちゃんが慣れないまま踊っていて、ついうっかりおばあちゃんの靴のつま先を踏んでしまった、そしておばあちゃんがその痛みで、思わず涙を流したとか。それでそのお詫びをしていく過程で仲良くなったとか。

 残念ながらそれを祖母に話すと、全くの不正解、零点だった。「ディスコへなんか行かなかったわ」


 次の推理。

 祖母には学生時代、怖い女の先輩がいて、虐められてつま先をヒールで踏まれ、涙を流していた。そこへ若かりし頃のおじいちゃんがやって来て、おばあちゃんを助けた。

 残念ながらこれも不正解だった。

 祖母は言う。「何それ。第一、私は女子高出身なのよ。そこへ別の高校に通っていたおじいちゃんが来るわけないでしょ」祖母はあきれて言う。「アキちゃんの推理では、いつも私はつま先を踏まれて泣いてるのね」


「だってつま先ってそういうものでしょ。痛いと涙が出るし。それにおばあちゃんは若い頃も今みたいにお淑やかだったに違いないもん」


「もっと発想の転換をしなさい」



 もうすぐバスは駅前に着く。でも三番目の推理を考えてみた。

 祖父と祖母のデート中、祖父は怖い先輩と街角で出くわし、ちょっと金貸せと言われて、財布からお金を抜かれた。祖父が涙をこぼし、祖母が涙を拭いた。祖父は背が高く、祖母は小柄なので、祖母は爪先立った。

 これはさすがに無理だな、と苦笑い。祖父がそんなに弱いわけない。


「ちょっと近づいたわね。四十五点くらいかしら」


「え!? 近付いたの? 一体どこが?」


 祖母は、ふふと笑った。「正解はまた今度、発表します」


 そこでバスは駅に着き、この話はそこまでとなった。



 *



 駅に着いて、ICカードを出した私は、この駅でICカードが使えない事を知った。来る時は、別のルート、つまり家の最寄りのバス停から特急バスで来ていたので、ICカードが使えない事を知らなかったし、今どきそんな駅があるなんて思いも寄らなかった。特急バスの帰りの便は、この時刻ではもう無い。

 今日の交通費は家族より一切、私に任されていたので、祖母は身一つで来ている。

 ではどうすればよいのだろう。最近はすべてキャッシュレスで済ませていたので、ここから家の最寄りの駅までの運賃となると、現金の持ち合わせがない。この駅は切符を買うのにも現金以外の選択肢はないのだ。天気予報通りに、どんよりとした空から冷たい雪が舞い降り始めていた。

 私が途方に暮れていた時、祖母が言った。


「大丈夫。私に持ち合わせがあるから」


「え? あるの?」


「ええ、ここに」祖母は駅の待合室にある椅子に腰掛け、靴を脱いだ。「私の足ね、横に広がっているから、横幅で合わせると、いつも先が余ってしまうの。だから詰め物をしているのよ。最近は専用のパッドも売られているの。でもね、私はそのパッドと一緒に別のものも入れてるのよ」

 そう言って祖母は、靴のつま先部分から折り畳まれた一万円札を取り出した。


「え!? おばあちゃん。それってもしかしたらおじいちゃんとのデートの時にも入れてた?」

「ええ。初めてのデートの日にも大活躍したの」

「じゃあ、『運命』に書かれてたつま先ってこの事だったの?」

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