第24話

先輩たちの卒業式まであと何日かとなったある日のこと。


先輩が目を腫らして学校に来た。


学校に来たといっても、放課後に普段着でふらりと部室隣にある準備室に来たんだ。


「あはは、やっぱりここにいた」

「どうしたんですか?!」


俺は手元にある利用計画書やら、定例会のパンフ原稿やらでいっぱいになっていた作業机から慌てて立ち上がり先輩の元へと駆け寄った。



「なになに~、そんなに変な顔してる?わたし」


変ってものじゃない。瞼が腫れている。

なにかつらいことでもあったのか、昨晩たくさん泣いたんだろう。


「――――ハンカチ、冷やしてくるんで、目にあててください」

「め?・・・ああ、通りで視界が悪いと思った」

「ここで座って待っててくださいよ?」

「大袈裟だよう。大丈夫だって」

「大丈夫なら登校しなくてもいい期間の、ましてや放課後になんかフラっと来ないですよね?」

「暇だから来ただけだよー」


何を言ってもはぐらかされる。

とにかく先輩を椅子に座らさせて、準備室を出る。


寒い長廊下を抜けて水飲み場まで来た俺は、ポケットから出したハンカチを冷たい水で濡らしきつく絞った。



戻る途中で聞こえてくる音が廊下に響きわたる。

俺はこの音が好きだった。

その音が聞こえた後は、先輩と二人きりになれるからだ。


奥の準備室ではなく、部室の引き戸に手をかけ開けると、そこにはドラムスローンに座っている先輩がいた。

スネアドラムの裏に付いているスナッピーを開放して、それを触りながらシャラシャラと音を鳴らしている。


「視界が悪いのに、歩き回ったら危ないですよ?」

「見えづらいだけでちゃんと見えてるってば」


ああ言えばこう言う。

一度親御さんの顔を見てみたいものだ。


「ハンカチありがとう。―――――あー、冷たくてキモチい―――」

「なにかあったんですか?」

「うん、ちょっとねー」


先輩は椅子に座ったまま後ろの壁に背中を預ける。

そのまま頭も壁にこつんとくっつけてため息をついた。

「ちょっと?」

「うん、まあ、なんていうのかな?いわゆる失恋ってやつかな~」

「――――そうですか」


「あいつさー、急に彼女連れて来るんだもん、なんかびっくりしすぎちゃって、逆にテンション上がったよね」

「彼女?―――連れで、二人で来たってことですか?先輩の家に?」

―――――わざわざ見せつけに行ったのか?

「ううん、何人かいたんだけど、時々幼馴染たちの友達とか連れてきてたから誰かの知り合いなんだー、くらいに思ってたの。んで”こいつ彼女”みたいな?――――しっかもさー、さらに重大発表ですとか言って、二人でここ出てくって言っちゃってんの」

「―――ここって、ここ(この町)ですか?」

「うん、札幌行くんだってー。落ち着いたら同棲もするらしいよー。おっかしーよね、なんかショック通り越して笑っちゃったさ。私ったらなまら失礼だよね」

「―――――――」


先輩が乾いた笑い交じりにいうから、何も言えなくなった。

少し体が震えている気がするけど、涙は出尽くしたのかハンカチから零れ落ちることはなかった。

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