第22話
祭りについた麻井は、車から出てすぐに駆け出してしまう剛に手を焼いていた。
一通り露店をまわり、輪投げや魚釣りくじなど何度もやりたがる剛に付き合う時間が長く、例年のようにゆっくりと見られないことに憂鬱な気分になりつつあった。
「中入りたい」と言い出すころには結構な金を使わされていた。
これを当たり前にしてしまっている妻に少しの嫌悪感を抱く。
こうなると分かっているのならば、少し金を持たせてくれればいいのにと。
自分には決まった金額の小遣いしか支給されないいま、この出費はかなり痛かった。
剛が公民館へと移ってくれて一安心したのもつかの間。
舞台裏に唯月の姿を見つけて、演目中にも関わらず舞台に上がろうとする息子。
麻井はまたもや慌ただしく剛の後を追いかける羽目になっていた。
「おおい!剛!危ないからそっちはダメだよ」
「——なんで?唯月ちゃんは行ってるのに、どうしてダメなの?」
「それは—――」
芳江が舞台裏にいるからである。
美月はジジっ子なので正則と一緒に演目を見ているが、妹の唯月はコロコロと気持ちが変わる年頃であった。
特に今夜のように、いつもと違う夜を過ごす時などには不安になりやすく、芳江のそばを離れないのだ。
でも、そんな話をまだ幼い剛が理解できるとは思えない。
ただただ駄々をこねる剛を抱き上げて席へと戻って行った。
「パパのイジワル!」
「いじわるじゃない。ちゃんとおりこうさんにしないと帰るぞ!」
「うわん!やだやだ!」
抱きかかえていてもバタバタと手足をふって抵抗する剛に、わが子ながら強情だと嫌気をさしてしまう麻井は、幸恵が普段甘やかすからこうなるのだと腹立たしくなっていた。
「おうおう、剛くん。工藤のジジが小遣いやるど?————さあさあ、どっちがいい?」
そう言って正則は百円札と千円札を、むずがる剛によく見えるように差し出した。
今となっては、百円は硬貨に変わり、札などは珍しい時代でもあった。
でも、それを見た瞬間、剛はピタリと泣き止み、見事千円札を選んだのだ。
その素直でこどもらしい現金な行動に、周りの大人たちは手を叩いて喜んでいた。
「おお!さっすがだな!大きい方ちゃんと選んだな!頭がいいわ~剛くんは」
そうやって頭を撫でてやると、周りの老人たちは飴や菓子を次々と剛へと与える。
そのうちに機嫌が良くなったのか、美月と二人並んで座り、大人しく舞台の演目に見入っていた。
「あと少しだ、頑張れよとっちゃん」
そう正則が声をかけると、実は顔を
どうしても心の中には
普段、何かと卑下した目線でみている工藤家の人間に金をもらったり助けられる行為はイケ好かないのだ。
しかし、正則に弱みを握られている以上、無碍な態度も取れずにいた。
そんな麻井だがここにいる理由。
それは芳江の姿をひとめでも見たかったからである。
仲の良くない姉妹は普段の行き来が無いに等しい。
こういう機会でもないと、麻井は彼女に会えないのだ。
毎月のように金を預けてきていた芳江に会えなくなってから数年たった今、芳江を見ると心臓が騒ぎ立てるように鼓動を打つ。
剛に笑いかける表情を見ては、心温まる思いに
その時はじめて、自分は彼女に惚れていたのだと自覚したのだ。
自覚した時にはもう遅く、当たり前のように芳江は麻井を避けるのだが、彼にはそんなことなど関係がなかった。
麻井は彼女に会えるだけでよかったのだから。
だからあからさまに嫌な顔をされようとお構いなしであった。
舞台から向かって右側にいた麻井からは、芳江の姿がよく見えた。
舞踊を踊る子供たちを舞台袖から見守る芳江にカメラを構えフォーカスをあわせる。
自分も写真を趣味とする正則は、それが不思議に思えた。
「どこ撮ってんのよ、舞台から外れてるべや」
「———いやあ、送られた花を撮っていたのですよ。大野旅館から送られたものが舞台袖にあるでしょう?」
「ああ、そうだな、一番でっかい花だもな!大野さんにお礼言っといてくれや?」
「はい」
バレるのではないかと心配したが、正則はなにも気がつかないようで真底安心していた。
それからも何度も花や子供たちを撮るフリをしては、にこやかに微笑む芳江の写真を何枚も撮りためるのであった。
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