第7話
正則の脅しは効果てきめんだった。
翌日からみのるはそわそわし出し、いつ来るか分からない正一からの連絡を待つくらいならと、いつもの喫茶店へと正一を呼び出していたのだ。
正一が来店し、椅子に座るや否や、5万の金をテーブルに突きつける。
「あんた――しっ、しつこいもんな!——こ、これ以上しつこくされたら嫌だからさ!———金輪際もうやめてけれや、な!」
一方的にまくし立てて帰るみのるの背中を正一はポカンとしたまま見つめた。
湯気を立てるコーヒーを運んでいたウエイトレスも、みのるの慌てぶりに呆然としていた。
「———コーヒー、二つでよろしかったですよね?」
「ああ、そうなんだろうけんど、————注文したモンが急に帰ってしまったわ」
とりあえず二人分のコーヒーを啜り、店を出る。
いつも馬鹿にしたような態度ばかりでまともに話も聞かなかったというのに、何があったのだろうか?
どういった心境なのかと首をかしげる正一であったが、ともかくやっと妻の金が返ってきた。
自分が出稼ぎしている間、芳江が懸命に働き自分で貯めた金だ。
夫の務めを果たせた心持になった正一はその札束を握りしめ、家路に急ぐ。
「芳江~帰ったどー!」
「はぁーい、お帰りなさい」
「これ、麻井の奴ついに返しおったぞ」
どんな顔をして喜ぶかという思いで芳江に返してもらった金をみせた。
が、芳江はびっくりするだけで喜びはしなかった。
「こんな大金を一度に返してくるだなんて、どうしたんでしょうか?」
「んなごと知らん。なんだか俺がしつこいだがいってたがな」
「そんな…、姉さんの家は困らないのかしら?」
「―――んなごと、しらねぇでや」
正一は芳江の嬉しがる姿が見たかったというのに、どうも思い通りにならない女だとため息をつく。
芳江に淹れてもらった緑茶を啜り、ワザとにもう一度ため息を大きく吐くが、芳江はそわそわとするばかりで正一のことなど気に掛けることがなかった。
それから芳江は返してもらった金を自分の口座に入金することはなかった。
「なんだか、自分で使うには申し訳ないわ」
そう言いながら、半分は紀子が生活に必要なものをあちらで揃えるためにと送金してしまい、残りの半分は嘉男の上京資金やこれからの学費のために残すことにしたのだ。
そんなこと、しなくてもいいと言いたかった正一だが、民子に金を奪われた直後で生活に余裕がなかった。
芳江の施しをありがたく受けることしかできない自分が、不甲斐なく情けなく感じていた。
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