第5話 愛 執着 

その日は、1度夫を寝かせた。


体調が辛そうだったから。


私は夫が寝ている間に、週末のまとめ買いをしなくてはと車に乗り込んだ。こんなにも苦しい現実が目の前にあるのに、どうして生活のことを考えてるのか、悔しくもあり、逆にそれが私を壊さないようにしていたのかもしれない。


洗濯物も回した。

いつも通り洗濯を干し、数日前の夫のTシャツを干していた時、


『これを着て会ってたんだろうな』


そんなことが頭によぎっては消えての繰り返しだった。


車に乗って、スーパーに着いたはいいものの、結局車から降りることはできなかった。体が動かなかった。


夫がもし起きたら、と急に訳のわからない不安に押しつぶされそうにもなって、30分ほどスーパーの駐車場でぼーっとした時間を過ごし、急いで家に帰った。


夫はまだ寝ていた。ちょっと安心した。


私はその日1日、色んなことを考えたし、色んなことを調べた。


妊娠中の不倫、慰謝料請求、誓約書、示談書、離婚、裁判、探偵、有責配偶者・・・


今までどこかで聞いたことのあるような言葉もあればないような言葉を画面越しに眺めることを繰り返した。

リビングで横になり、携帯を1日手放せなかった。誰にも言えないこの苦しみを、ネットに逃げてどう対応すればいいのか必死に考えた。


それでも何が解決なのか、答えを出すことなんて出来なかった。


夫のIQOSも吸った。

赤ちゃんに対する罪悪感と、行き場のない気持ちを、悪いことで消そうとした。そんな自分が情けなくも思った。


夫ともう一度話したい。

でも何を話したらいいのだろう。

朝から何も食べず、お腹も空いているはずなのに、食べる気力さえも失われていた。


夕方になるまでずっとそんな状態で、夫の夕飯を用意しなきゃと急にいつもの主婦モードになった。夫に声をかける。


『ご飯食べる?買ってこようか?』


苦しそうな夫の呻く声。夫の額は熱かった。熱があったのだ。


その途端に、体が動いた。気力がなく、動けなかったのに、上着を手に取り財布を持ち、コンビニに向かった。


やっぱり私は夫を愛してるのだ。


コンビニでうどん、おにぎり、スポーツドリンク、マスク等を購入し、急いで家に帰った。歩いて家を出たこともあり、息が切れた。


私はもう妊娠8ヶ月。

お腹もそれなりに大きくなってきているし、多少の動きで息も切れるようになっていた。


『ご飯、買ってきたよ、ご飯食べて薬飲もう』


息を切らしながら話す私を見て夫は


『どうした?なんで、息切れてるの?大丈夫?』


優しい。


その一言だけでも嬉しくなる自分がいた。どうして、優しくするのだろう、とも疑問に思った。

私は精一杯の強がりで


『大丈夫』


と、一言返した。


簡単に夕飯を済ませた夫に、私は再度話を持ちかけた。


『私、色々考えたけど、離婚するなら相手にも慰謝料請求するから。ちゃんと相手と切ってよね。』


強気で話した。


夫は頷くだけで何も言わなかった。


謝罪の言葉もなかった。


きっと、バレたら離婚する、という勢いのもと不倫を続けていたのだろうなと感じた。


私から離婚するという言葉を聞けると思っていたのだろうな、とも感じた。


その日はそれ以上の話はしなかった。夫はすぐに布団に入ったし、私はソファから動けず、もちろん何も喉を通らず、多分水分も取って無かった。風呂に入る気力もなく、時々寂しくて夫の隣に横になったりもしたけれど、眠れるわけもなく、1人リビングで一夜を過ごした。


ただじっと時間だけが過ぎていって、正直自分の気持ちの正解が分からなかった。


でも1つだけ確信したことがあった。


それは私は夫を心から愛しているのだということ。


こんなにも辛いはずなのに、今後どうするか、ではなく、復讐、でもなく、私の頭の中は、夫がどうしたら戻ってきてくれるのか、また私を愛してくれるのか、そんなことでいっぱいだった。


また抱きしめてくれるかな、

またキスしてくれるのかな、

赤ちゃん楽しみにしてくれているかな、

私と赤ちゃんとの未来をどう考えているのかな。

私は何をしたらいいんだろうと葛藤した。


数日経って、夫に理由を聞いた。私の何に不満を抱えていたのか、なぜ離婚を考えたことがあったのか。理由は正直どれもちっぽけに思えたけど、それは私自身の反省にもつながった。


【縛り】

縛っていたつもりはない。

でも、不機嫌になったり、冷たくしたり、信頼がないと夫に思わせていたのだと思う。


妊娠してから初めて門限をつけた。飲み会に行ってもいいけど朝帰りはやめてよ、と。


元々仕事も終わるの遅いのに、楽しいことが大好きな夫なのに、あっという間にすぎる時間に制限をつけることが間違っていたのかもしれない。


私が信じて待っていれば、私が怒ったり不機嫌になったりしなければ、そんな思いが何度もよぎった。


妊娠したら夫婦で支え合うのは当たり前、そう思っていたけど、向き合うことから逃げて態度にだけ出していた私は、夫とそんなことでさえもちゃんと話し合いをしてこなかったのだ。夫と喧嘩になることを恐れて、自分の気持ちを押し殺して、態度にだけ出して怒りをぶつけていたのだ。


【お金】

散々2人で楽しいことをしてきたのに、妊娠したのをきっかけに私はお金に関してすごく細かいことを言うようになった。


出産費用のこと、貯金のこと、生活費のこと、クレジットカードのリボ残高のこと・・・


今までそんな話にちゃんと向き合ってこなかったからこそ、焦りが出たのだと思う。

恥ずかしい話であるが、私たち夫婦はお金の問題から逃げ、楽しいことを優先にして過ごしてきた。2人ともフルタイム共働きなのに、近い未来を考えた時に不安になって、今までよりもお金がかかる現実を夫に訴え続けた。


私なりに前向きに、伝えていたつもりだったけど、夫には負担だったのかもしれない。


私は2人で頑張れると思っていたから。


でも、朝早くから夜遅くまで働いている夫からしたら、逃げたくもなるような話だったのかもしれない。現実から目を背けたくなる話だったのかもしれない。自分の頑張りを夫に押し付けようとしていただけなのかもしれない。


大きく分けるとこの2つのようだったが、同時に反省もした。


向き合うことから逃げていたのは自分だったのだと気付かされた。


喧嘩になることが怖く、嫌われたくない一心で本心をぶつけてこなかった。喧嘩したっていいのに。他人なんだから喧嘩くらいするのに。何度もぶつかって何度も分かり合えばいいのに。そこから1番逃げていたのは私だったんだと気付かされた。


それと同時に、私は夫に安心していたのだと思った。夫が隣にいることが当たり前になっていた。


夫は私から離れないと思っていた。だからこそ冷たい態度が出来たのだと思う。


元々自己肯定感が低く、自分に自信のない私に、夫は昔こう言った。


『大丈夫だよ!心配するな!俺の嫁だろ!堂々としてろよ!』


過去に浮気された経験や男性経験の失敗から不安になった時も


『浮気なんかするわけないだろ!もう結婚してるんだよ!?絶対大丈夫だから!』


信じられないよ


なんて口にしたこともあったけど、その言葉は私にとってすごく大きな自信となったし喜びであったし、信じられていた。


私はこの人と一緒なら大丈夫、私は堂々としていていいんだ、私はこの人を選んだ、この人と結婚したんだ。

心配なんていらない。

結婚ってそういうことなんだ。

この人とずっと一緒にいるんだ。

隣にいるのが当たり前なんだ。


そう思いこんでしまっていたのだった。


でも、現実は当たり前なんかじゃなかった。夫がためた小さな不満の積み重ねがこんなにも取り返しのつかないことになってしまったんだと、反省をした。


一般論的には、これを読んで

『そんなのおかしい』

という意見が妥当であろう。


どんな理由であろうとも不倫なんてしちゃいけないのだから。


そんなひどい裏切り行為、していいはずがない。


『なんでされた方が反省をするんだ』


そんな意見が聞こえてきそうで、実際私の心の中にもその思いは強くある。


しかし、私には反省の気持ちの方が遥かに大きかった。


こんなに愛しているのに、という思いが何度も頭の中を巡り、あの時私がこうしてたら、という思いが強かった。


もしかしたら、これは【愛】ではなく、【執着】なのかもしれない。


歪んだ愛に変わってしまっていたのかもしれない。


それでも私は夫がどうしたら私に気持ちが戻ってくるのかを考え続けた。


そしてこれを書きながらこんなことも思う。


これは、夫に対しての怒りでも復讐でも肯定でもなく、夫への精一杯のラブレターなんだろうな、と。


夫だけが悪いのではない、


そう言い聞かせたい私の歪んだ夫への愛の気持ちを綴っているのだから、夫を悪者にしたいんじゃない。

 

だからどうか、これを読んでいる方は色々な意見があろうとも、私が夫への気持ちに正直になっている今はとりあえず見守っていてほしい。と、心底思っている。

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