第2話 妊娠

夫と結婚して6年。

一度付き合いたての時に、妊娠が発覚した。


まだ出逢って間もなかったし、彼のことも信じ切れてなくて、仕事も軌道に乗り始めた頃だった26歳。


『産んでほしい』


という彼の言葉を振り切り、中絶を選んだ。

たったの2ヶ月ほどの妊娠期間で、大好きだったお酒も飲めなくなり、フルーツばかりを欲して、こんなにも妊娠が身体を変えるのだと実感した。


これでいいのか、何度も考えて選んだ中絶だったけど、そのあと無事に結婚を経て中々子どもが出来なかった時期にひどく心を病ませたこともある。


中絶したことの夫への罪悪感、それでも一緒にいてくれている夫には感謝しかなかった。


夫も中絶したことに対して何も言わなかった。


私の意見を尊重してくれて、たくさん2人で思い出を作った。


朝まで飲み歩いたり、1日中ゴロゴロしたり、ディズニーランドに毎月行ったり、都内で高い買い物をしたり、遠くにフラッと旅行に出掛けたり、楽しいことが大好きで、勢いがあって、思い立ったらすぐ行動にうつす夫と、私も全力で楽しい日々を過ごしていた。


無駄遣いをして、その度に笑って、『今』を楽しんで全力で過ごした。


たくさん愛し合ったし、2人で子どもが出来ますようにってたくさん願った。


その願いが叶ったのは、結婚6年目を迎える5月の終わり。


生理が遅れていて、何となく体調も悪くて、もしかして、と妊娠を疑った。


これまでも何度も同じようなことがあって、何度も1人で妊娠検査薬を買って検査をしては落ち込んだ。


1人で検査をしていたのには理由があって、妊娠が分かったら夫にサプライズをしたかったから。


喜んでくれる顔が見たかったから。


どんな顔をするのか、どんな言葉をかけてくれるのか、待たせてごめんねの精一杯の罪悪感を喜びと幸せで埋めたかった。


何度1人で検査したかな。 

何度目か分からない妊娠検査。

もうお手のものだった。


仕事終わり、家に帰ってきて一目散にトイレに駆け込んだ。

すぐにうっすら陽性反応が出たのを目にした瞬間、私はトイレの外に座り込んだ。

言葉にならなくて、心のどこかでは


『どうせだめだろう』


そんなことを思っていたのに、思わぬ陽性反応が出たことに驚きを隠せなかった。


『どうしよう』


こんな気持ちになったような気がする。


心臓の鼓動が強くなって、言葉にならない気持ちと嬉しさで胸がいっぱいになって、涙が出た。


夫に『ありがとう』って伝えたい。


そんな気持ちだったっけな。


サプライズしようなんて思ってたのに、早く伝えたくて、検査薬をズボンのポケットに隠して、動揺を抑え切れない私は何度も家の中を歩き回って夫の帰りを待った。


『今から帰るよ』


とくれるLINEに心臓がドキドキして、そしていつも通り帰ってきた夫。


後ろから抱きついて、私は検査薬を見せた。


私から言葉はかけられなかった。

見せるのが精一杯だったから。


『え!妊娠したの!?めちゃめちゃ嬉しいんだけど!』


そう言ってくれたのを覚えている。


ぎゅっと抱きしめてくれたあの時、また私はじんわり泣きそうになって感じたことのない幸せを感じた。


待たせてごめんね、

やっとパパとママになるね、

私たちを選んでくれたんだね、

幸せな未来が待ってるね、


たくさん伝えたいことはあったのに、抱きしめてくれたその大きな夫の胸で幸せがいっぱいになって私は言葉が出なかった。


病院で検査するまでは、怖くて、実感もなくて、何とも言えない気持ちで過ごしていた。


一方の夫は、嬉しさを隠し切れなかったんだろうな。


『まだ言わないで!』


って言ってたのに、友達に話しちゃったことがあったっけ。


私は、その時全力で夫を責めた。


夫の嬉しさをあんなに近くで感じて幸せだったのに、責めて、怒っちゃったことがあった。


それだけ私には早く確信が欲しかったんだろうな。


ずっと赤ちゃんが出来なかったのは、中絶を選んだ私の責任だと思っていたから。


でも夫はそんなこと1ミリも思ってなかったんだね。

喜びできっといっぱいだったんだよね。

分かっているのに抑え切れなかった自分の感情を今心が痛いほどに思い出している。


陽性反応が出てから1週間後、産婦人科を受診。


『おめでとう』


と先生から言われて、エコー写真を見せられた時、まだ形にもなっていない小さな小さな命を見て、不思議な気持ちになった。


でも、妊娠したんだなとどこか漠然と感じた。


分かったのが早かったから、まだ心拍は聞こえず、再受診となったけれど、それでも、小さな命はあの時から私の身体に宿っていたんだね。


2度目の受診で心拍確認、色々な説明を受けた。

妊娠期間のこと、これからのこと。


今までは婦人科待合室だったのに、産科待合室で診察を待っている時、周りにいた妊婦さんのお腹を見て、自分もあんな風になるんだなあと思ったっけ。


ちょっと恥ずかしいような、どこか嬉しいような、感じたことのない気持ちでいっぱいだった。


心拍が確認出来て、ママにサプライズを決行することにした。


インスタで見かけたオリジナルフォトフレームを真似て作り、エコー写真と『ママみたいなママになるね』と手紙を入れたフォトフレーム。

どんな反応してくれるかなって、またドキドキした。


夫と日曜日実家に出向いた。ママに何気なく渡したリボンをかけたフォトフレーム。


『え〜〜〜〜〜!』

って驚いてたな。


中絶した時もたくさん相談を聞いてくれたママ。


『産みたかったら産んでいいんだよ』

『あなたが決めたことだから応援するよ』


たくさん愛のある言葉をくれていたママの顔を思い出してたら、涙が出てきた。


『おめでとう』

って喜んでくれて、また一歩妊娠したんだの気持ちが大きくなった。

喜んでくれてありがとう。

いつも1番の理解者で、応援してくれてありがとう。


私は、夫とこのお腹の子の小さな命がこの時、心の底から愛おしく感じた。


ありがとう。

本当にありがとう。

妊娠ってこんなにも尊くて、愛おしくて、幸せな気持ちになるんだなって。

そう感じさせてくれてありがとう。


沢山のありがとうが私の胸をいっぱいにした。

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