今日のごはんを教えて

@yuzunoka

第1話 目覚めの一膳

目玉焼きの黄身は半熟がいい。


と言っても、箸先を刺しただけでとろりと滴るあの"映える"硬さじゃなくて、半分に切った時にしっとりと箸にまとわりつくあの硬さが好き。


小山春乃は幸せそうな笑みを浮かべてそう話した。


少し崩した黄身の真ん中に醤油を垂らして、それをディップする様にウィンナーに纏わせ熱々のご飯と一緒に食べるのが春乃流最高の朝ごはんだと言う。


「少しお高めのウィンナーを少量の水で蒸して、水が蒸発したらそのまま転がす様に焼くの。最後に黒胡椒をふるのは絶対に忘れないで」


話を聞いていた田原翔真は脳裏に浮かべてごくりと唾を飲んだ。


「目玉焼きの焼き方なんて深く考えた事無かったけど…すごく美味しそうだね。」


「考えた事なかったの?」


「うん。考えた事なかった。」


「そう。じゃあ、明日考えてみて?考えながら作るって、すごく楽しくて満たされた朝時間になるから。」


そう言って満面の笑みを見せた春乃の横顔に眩しい夕焼けの光が当たって、"凄くきれいだ"って思いながらも翔真は視線を背けた。


目が合えば彼女に自分の気持ちが悟られそうで怖かったから。


翔真は春乃の事が好きだった。


図書館デートはこれで2度目。

映画にも1回。それから大学の庭園でピクニックも…。


全て誘ったのは翔真。その誘いを春乃は断らないのだから、両思いじゃないのか?友人の日向優樹はそう言うけれど、翔真は告白する勇気が無かった。


理由は簡単。


"今の関係を崩したく無いから"


同じ大学同じ学部で、雑談サークル

に所属して…雑談の流れで自然に誘える。友達みたいに。


だから春乃は自分を友達だと思って誘いに乗ってくれているんだと思っているのだ。


「じゃあ、私こっちだから。」


駅の改札口を指差して春乃が笑った。翔真は立ち止まり、今日も春乃に手を振ると、改札を通って見えなくなるまで春乃を見送った。


(明日はちゃんと朝食を作ろう。目玉焼きとウィンナー、写真を彼女に送信すれば明日の朝はこの話題で声かけれるし。)



ー翌朝ー

「…え…なんで?」


目玉焼きなんて簡単。

そう思っていた翔真は目の前のフライパンに愕然とした目を向けて立ち尽くした。


黄身は半熟どころかパサパサの堅焼きなのに、白身は焼き色が無く油っぽくてべちゃっとした仕上がりになってしまった。


それだけでもがっかりするのに、ウィンナーも味が抜けているしパリッともしていない。


それでも上手く盛り付ければ、見た目には様になった筈だった。


その盛り付けですら、ご飯に目玉焼きを乗せる途中に黄身が剥がれてテーブルの上に落ちてしまい、何をどう繕っても、不味そうで汚い仕上がりとなってしまった。


「最悪…」


そう溢した瞬間スマホの通知音が鳴った。

メッセージの送信者は春乃だ。


「おはよ。どお?作った?」










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