第4話


 仕方ない、そう受け入れることは護身術だった。


 物心ついた時から僕に親はおらず、孤児院で育った。


「貴様ら、無職はゴミだから捨てられたのだ。残飯にありつけるだけ有り難く思え!」


 まだ十も数えていない子供に院長が暴力を振るう、そんなところだ。


 痛みに耐え、空腹に耐え、甘えは許されず、泣くのを必死に堪える日々。


 だけど仕方ない。望まれない子供なのだから仕方ない。


「お前たちは未踏のダンジョン調査に送り込む捨て駒だ。最低限、情報を持ち帰れるよう努力しろ」


 ボロ雑巾のように扱われた厳しい訓練。痛みに夜眠れなくなり、疲労に倒れそうになる日々が永遠に続いた。


 だけど仕方ない。良い成績を収めなければ、食事も寝床も与えられないのだから仕方ない。


「お前たちは奴隷だ、いや家畜だ。人間として生きられると思うなよ」


 日常的に行われる大人からの罵倒、嘲笑、いじめの数々。恐怖に震え、幾度となく涙を流し、胃痛に嘔吐を繰り返した。


 だけど仕方ない。


 仕方ない。仕方ない。仕方ない。


 仕方ない、と受け入れることで心には平穏が訪れる。


 それは理不尽という文字が心から消え去るからだ。


 受け入れることを繰り返し続け、平穏は手に入れた。ただ、その代償として、何かを期待する、望むということは出来なくなっていた。


 何かを望めば望むだけ理不尽という文字が濃くなる。理不尽に立ち向かわなければいけなくなる。だから理不尽を恐れるほどに、望むことが出来なくなったのだ。


 それは、きっとよくある話。


 僕のつまらない話だ。


 ***


 始業の鐘がなって教室に入ってきた先生の第一声。


「君たち普通科に休まる暇はない」


 他の学科は入学式やレクリエーションをしているらしいが、普通科は初っ端から講義だった。


 疑問を口にすることなど許さぬ、といったふうに始めた講義は、進行が早いうえに内容も難しい。


 既に二時間近く経過していて、クラスメイトはへとへとだ。


「ダンジョンは金鉱よりも価値が高い。モンスターがドロップするマネー、アイテム、宝箱から出てくる魔法具。さらには、強い人材を育てることができるからだ」


 先生がモニターに映し出された資料を、ポインターで指し示して解説する。


「よってダンジョンを攻略することは国力に大きく影響するが、ただ無闇矢鱈と攻略すれば良いというものではない。なぜかわかるか? そこのお前」


 当てられたので、僕は立ち上がって答える。


「ダンジョン数には限りがあり、攻略をしなければ新たなダンジョンが現れることがないからです」


「詳細を話せ」


「出現するダンジョンの難度はランダムで決まるため、低難度のダンジョンばかりを攻略していては、そのうち高難度のダンジョンに置き換えられてしまいます。攻略が進まなくなることが予測され、資源を得られないことでダンジョン経済の停滞につながります」


 ダンジョンの資源は農商工に止まらず、あらゆる技術に利用されている。ダンジョン出現から十数年と経ってしかいないが、もう既に必需品と言っていいだろう。


「そうだ、ダンジョン資源の供給がなくなるのを避けるために、低難度のダンジョンを攻略しすぎてはならない。現在は育成目的でのみ、超低難度ダンジョンの攻略を認められている」


 先生は、だから、と言って続ける。


「君たちが少ない枠を奪うということを気に留め、高難度ダンジョンを攻略できる冒険者になるという心算で学園生活を過ごしてほしい」


 皆の顔つきがキリと引き締まる。


 以前の普通科は、低難度ダンジョン割合が増えて手が回らない時用の雑用冒険者を育成するカリキュラムだった。


 しかし東條エレナ先輩の台頭によって、先生から高難度ダンジョンを目指すように、と言われるようになった。


 やはり、東條先輩は凄い、改めてそう思った。


 ***


 何なんだ、あのメスは。


 円卓がある会議室。私、東條エレナは内心、憤慨していた。


 アーチのところで他学科の生徒に絡まれることを見越し、颯爽と助けるヒーローを演じようとした目論見は成功。ついでに一緒に登校などという激アツイベントまでこなして良い気になっていたが、よくよく考えれば、何なんだ、あのメスは。


 彼と親しくお喋りして登校。なんて羨まけしからん。


 普通科の生徒だから教室でもワイワイキャッキャ。お昼も一緒に食べて、毎日白飯のおかずが一品追加されるので食費が浮く。下校も一緒なんて、そんなのほぼ恋人じゃないか。許されることではない。


 排除したいが、しようにも人道にもとるため、最終手段でしか出来ない。


 ふむ、どうしたものか。いやむしろ、ここは彼女を上手く使うべきかもしれない。


 例えば、彼女を許容することでモノ分かりの良い女アピールをしたり、彼女を物差しにして『えー、私なら尽くしてあげるんだけどなー』など私の魅力を伝えたり。


 うん、そっちの方向で考えてみるか。


「東條さん、物憂げだ。俺にもその深い考えを語りあってみないか?」


 スカした優男、アタッカー科三年の遊子勇二ゆうし ゆうじが声をかけてきて煩わしい。


「大したことは考えていない。君は普通科とは口を利かないのではなかったか?」


「東條エレナ。君は普通科で唯一特別だからね」


 めんどくさい。五学科会議がなければ顔を合わせずに済んだのに。


「東條さん、聞いてよ。俺この前、ウルフピッグを追い立てて集まったところを燃やしてさあ〜」


 なんて適当に語らせておいて、私は彼のことを考えていると、続々と他学科のメンバーが集まる。全員が円卓につくと、ジャマー科の代表が口火を切った。


「では会議を始めるわ。議題はもちろん、一年生の挑むダンジョンとパーティーを決める適正試験についてよ」

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