第3話


 入学初日。普通科寮から登校しようと靴を履いて玄関に出る。


「あ、東條先輩と昼食してた男子」


 ノリがパリッときいた制服姿の女子に言われた。


 皆の憧れ東條先輩と昼食を伴にした、普通科にとって重大な事柄なので覚えられていても頷ける。


「どうも」


「どうも」


 お互い軽い会釈。顔を上げると、女子が口を開いた。


「新入生だよね? 私もそうだから、一緒に学校行かない?」


「ご相伴にあずからせていただきます」


「変な言葉づかいやめてよ」


 二人で教室に向かって歩く。


 学園の敷地内に寮があるとはいえ、普通科寮から校舎は遠い。


 競技場と見まごうほどのグラウンド。ドーム型の体育館。古書、新書が揃う図書館のそのまたさらに向こうの教員棟の奥が普通科の校舎だ。


 キロ単位で離れている理由は、主要学科の施設をひとしきり建て終え、余った敷地に普通科を増設したから。普通科が如何に不遇かが歩いているだけでわかる。


「名前はなんていうの?」


「花栗夕陽だよ」


「男の子なのに可愛い名前してるね、羨ましー」


「別にそんなことないでしょ。君の名前は?」


「私、岩巌窟紅緒いわがんくつ べにお


「本当に羨ましそうだね」


 名前は仰々しいけれど、見た目は可愛いのでギャップがある。


 ブラウンの髪色のショートボブで、背丈は150cm代半ばくらい。

 制服を着崩すこともなく、スカート丈も普通で、ザ女子高生といった雰囲気だけれど顔は並はずれて可愛い。岩巌窟なんて苗字が似合わないくらいに、いや一周回って似合っているか?


「自分の名前は変えられないから仕方ないけど。で、花栗君」


「何? 岩巌窟さん?」


「紅緒って呼んで。ねえ、さっきから視線を感じない?」


「視線?」


「うん。なんかネトネトって粘っこい視線がメラメラ〜って」


 言われて気づく。たしかに見られているような感覚がする。


 だけど、左右、背後を見ても誰もいない。


「気のせいか。ごめんね、変なこと言って」


「いや僕もそんな気がしたから」


 なんて言いながら歩いていると校舎に近づいて、登校する学生が増え始めた。


 さらに近づくと生徒の賑やかな声がうるさくなる。


「あれ、何かな?」


 紅緒が指差した方にあったのはアーチ。新入生入学おめでとう、と書かれていて、その下をくぐる生徒は気恥ずかしそうに笑っている。


「新入生はくぐってね!」


 なんて案内の先輩に声をかけられて、僕と紅緒は顔を見合わせる。


「行くしかないのかな?」


「っぽいね。私、ああいうの恥ずかしくて苦手なんだけど」


 僕もそのタイプ。だけど慣例みたいなのでアーチをくぐるべく歩んでいく。


「お、新入生かな?」


 アーチの近くにいた先輩らしき人に声をかけられて僕と紅緒は頷いた。


「そうかそうか、何科かな?」


「普通科です」


 僕がそう答えると、先輩は堪えきれずといった様子で吹き出した。


「普通科ぁ? くふふ、お前らは歓迎されていないのでアーチはくぐれませーん。脇を通ってくださーい」


「なになに、どうしたの?」


「いやさあ、普通科の分際でアーチの下をくぐろうとしたバカがいてさ」


「はははは! 身の丈知らずにもほどがあるだろ!」


 近くにいた先輩も加わって嘲笑される。それに苛立ったのか紅緒がキッと睨みつけた。


「何ですか!? 普通科の何が悪いんですか!?」


「ちょ、紅緒!?」


 先輩に食ってかかる紅緒を抑えようとする。


 相手はただの歳上ではなく、ダンジョンで経験値を積んだ上級生。遥かに力は強く、怒らせて自制が効かなくなれば危険な相手だ。


「ああ? 普通科の雑魚が誰に喧嘩売ってんだ?」


 すでに遅かった。あまりに短気すぎて紅緒にガチギレしている。


「ひっ」


「これからの学生生活、弁えて暮らせるよう指導してやるよ」


 先輩が振りかざした拳が紅緒に向かって伸びる。


 仕方ない、正当防衛だ。


 と、体を動かした瞬間、先輩の上に先輩が降ってきた。


「と、東條先輩!?」


 紅緒が言った通り、降ってきたのは片手に双眼鏡を携えた東條先輩だった。


「君たち、大丈夫か?」


「は、はい」


「僕も大丈夫です」


 東條先輩は安心したように微笑んだのち、足下に向けて言った。


「普通科の後輩に手を出すとこうなる、理解したな?」


「う、ぐ、ぐぐぐ、はい」


 結構な勢いで落ちてきた東條先輩に潰されたのに、ちゃんと話せていて感心する。


 というか、そもそも東條先輩はどうして空から降ってきたのだろうか。


「あの、東條先輩ありがとうございます」


「うへえ〜、どういたしまして〜。エアソックス履いて空からこのタイミングを狙って良かったぁ〜」


「え、どういう意味ですか?」


 尋ねると、東條先輩は「冗談だ」とキリッとした顔に変わり、その顔を紅緒に向けた。


「そこの女の子」


「わ、私ですか?」


「ああ。怖い思いをさせてすまない、まだ怖いか?」


 紅緒は首を振ってぺこりと頭を下げた。


「いえ! 東條先輩が助けてくれたお陰で全く怖くないです! ありがとうございます!」


「そんな筈ない。怖いだろう?」


「いや特に怖くは……」


「そうは言っても怖くないか?」


「本当に怖くはないですけど」


「強がらなくていい。怖いだろう?」


「え、えーと……じゃあはい」


 紅緒が肯定すると、東條先輩はニコニコになった。


「仕方ない。この私が一緒に登校してあげよう。教室まで送り届けてあげるから安心してくれ」


 東條先輩は僕と紅緒の間に割り込んで、さあ行こう、と言い、本当に教室まで送ってくれた。


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