第2話


 入学初日は実は明日。入寮手続きを終えて今日は終了。


 与えられた自室は4畳半の部屋。ベッド、教員机、クローゼット付きのタンスが一列に並んでいるだけで殺風景だ。


 部屋だけでなく寮自体も簡素である。


 二口のコンロがあるキッチンと冷蔵庫とテレビがあるだけの談話室。洗面所には大きな鏡の前に等間隔で5つの洗面台、また乾燥機と洗濯機が数台あり、トイレが併設されている。


 それらが各階にあり、全部で4階建て。1階が低学年男子、2階が高学年男子、3、4は女子の階層。と男子は3階以上に上がることを禁止されているだけで男女分けされていない。


 これが普通科寮。


 攻撃が得意なアタッカー科、支援や回復に特化したサポーター科、攻撃を防ぐ手段に長けたディフェンダー科、妨害やデバフ等に長けたジャマー科。


 他の4科は男女分けされた2寮、しかもここより大きく豪華であることを鑑みれば、如何に普通科が軽視されているかがわかる。


 ただこれでも、東條先輩の出現によって改善されたらしい。


 一人一部屋を与えられるようになったし、運動部のシャワーを使用していたのが大浴場が作られたり、自炊一択だったのに寮食堂が作られたりだとかだ。


「東條先輩には感謝しないとな」


 そう呟いて、僕は明日の授業に向けて教科書を開く。


 先輩が開拓したとはいえ、普通科が冒険者になることが難しいのは変わりない。父の夢を叶えるために頑張らないと。


 きっと東條先輩だって血の弛まぬ努力を重ねてきたに違いない、そう思うと疑問だ。


 東條先輩はどんな思いで努力したのだろう?


 あれ程の実力者になるまでの努力は、生半可な思いでは出来ない。


 今度聞いてみよう。


 そう決めて、僕は机に教科書とノートを広げた。


 ***


 ——カシカシ。


 扉から何か引っ掻くような音が聞こえた。


 僕はシャーペンを置いて立ち上がり、扉を開ける。


「ワンっ!」


 足元から鳴き声が聞こえて俯くと、黒色のダックスフンドがいた。


 ぼくは屈んで犬を見る。


「どうしたの? こんなとこで?」


「くぅー、くぅーん」


 尻尾をぶんぶんと振って、部屋に入れて欲しそうに鳴く子犬。


 僕は先輩の言葉を思い出した。


「たしか満足するまで撫でてくれ、だっけ? いいよ、おいで」


 と扉の前を半身になって開けると、ものすごい勢いで入っていきベッドに飛び乗った。


「ハッハッハッハッハ!」


 ベッドの上で息荒く、すんすんと鼻を動かす子犬。そのうち体をこすりつけるようにゴロゴロと転がり始めた。


「あはは。可愛いなあ」


 子犬の可愛らしさに頬が緩む。


 ベッドに腰を下ろして子犬に手を伸ばす。


「ふわおーん、ふわおーん」


 撫でてやると気持ちよさそうに鳴いた。


 可愛いやつめ、とわしゃわしゃっと撫でてやる。


「ハアハアハアハア!」


 ごろんと寝っ転がった子犬がお腹を向けてきた。


「女の子だったのか、よしよし」


 さするようにお腹を撫でてあげる。


「くわおーん、くわおーん!」


 笛のような高い声で気持ちよさそうに鳴く子犬。


 可愛くて撫で続けるけど、十分たっても撫でられたりない様子。


 流石に腕が疲れて離す。


「きゃんきゃん!」


 怒った子犬に謝る。


「ごめんよ、ちょっと疲れて」


「うぅぅ……!? ワン!!」


「って、うわあ」


 子犬が体の上に乗ってきて、押し倒された。


「べろべろべろべろ」


「あはは、くすぐったいからやめてよ」


「べろんべろんべろんべろん」


 顔や唇を舐められる。尻尾はすごい勢いで振られている。


「ちょっと、顔こわいって」


 脇に手をさしこみ持ち上げると、首を伸ばして舐めてきた。執念を感じるけど、子犬の愛嬌が勝った。


「撫でてあげるから、舐めないで〜」


「くーん」


「悲しそうな顔してもダメだよ」


 そう言った時、一瞬子犬が発光、点滅したように見えた。


「えっ?」


 どうやら気のせいのようで子犬は何も変わらず。


 ただ僕が驚いたことに驚いたのか、暴れて手の中から抜け出し、ドアノブをジャンプして開けて部屋の外へ駆けていった。



 ***


 部屋に入る。扉が閉まってすぐ、体がぐんぐん大きくなり、いつもの視界に戻る。


「ふう、危ない所だった」


 私は、カメレオンのダンジョンで手に入れた擬態のリングを恨みがましく見つめる。


「変身時間、もっと長くならないものか。くっ、とんだ粗悪品だ。犬になって彼に近づくために超難度ダンジョンに潜ったというのに」


 はあ。もっと上のダンジョンを目指すべきか。


 私、東條エレナはため息をついた。


 しかしすぐに頬が緩む。


「何、愛しの彼が学園に入学したんだ。またの機会はすぐくるだろう」


 私は部屋の隅の収納箱に目を向け、トロトロに顔が蕩けるのを感じた。


 ここにあるのはダンジョンで手に入れたアイテムの数々。これらを使えば、きっとまた美味しい思いができる。


 私はこのために、冒険者になった。


 最初で最後の初恋の彼と結ばれるため、いい感じのアイテムを求めて冒険者になった。


 過去にあったことを思うと結ばれるわけがない、と惚れ薬を求めて冒険者になったのだ。


 ただ、今日その必要がないかもしれない、と気づいた。


「未だ惚れ薬は見つかっていないけど、彼は昔のことを覚えていない様子。バレなければ、私でもワンチャンある……ワンちゃん?」


 犬になってたときのことを思い出す。


 押し寄せる快感の嵐。


「……乳首が10個あるのも悪くないかもしれない」


 私はぽつりとそう呟いた。

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