第2話 檻
妖精。羽根を持ち、自由に飛び回ることのできる存在。しかし彼女はそのイメージとは遠く、囚われている。文字通り、物語に。いや、僕という檻に。
ここから飛び出すことは許されないのだ。仮に僕の元から抜け出せたところで、また別の檻が用意されるのだろう。そのような運命を強いられているにも関わらず、絶やすことなく可愛らしい笑みを向けてくれる。その天使のような明るさに心を救われ、奪われるのと同時に、己の無力さを呪いたくなる。この手は、この腕は、この頭は、生み出すということをたくさんしてきた。してきたはずだ。それなのに実際には、たった一人。愛おしく思うたった一人の女の子ですら、救えない。逃がしてやる方法すら思い付けないでいる。今できることといえば、外の世界に意識を向けさせること、興味を持たせること。そうしていつか、彼女自身が檻は壊すことができるものだと、逃げ出してよいのだと勇気を抱き、飛び立ちたいと願いを持ってくれたら、と。
フランスへ向かう。シャンゼリゼ通りの開けた道をゆったりと歩く。フランス料理を食べた。本場の味は彼女の口には合わなかったらしく、何とも言えない表情を浮かべながらフォークを口に運んでいた。そこで、お口直しならぬ、お国直しにとシャルトル大聖堂へ連れて行くと、ステンドグラスを見上げたままなかなか動いてくれなくて困ってしまった。
ドイツのローデンブルクは絵本の中のようで。せっかくだからと街並みに合う服を着せてみると、知らないはずのワルツを踊り始める。そうだ、次に行く国はスウェーデンにしようか。
夜中。いつも以上に続く咳と吐き出される血。
もう長くはない。解っている。それでも、残さなければ――
「旅は終わりにしよ?」
ブレックファーストを終え、そろそろ宿を出発しようかというタイミングで俯く彼女がぽそりと呟いた。
「えっ、どうしたんだい? まだまだこれからだよ? それとも日本が恋しくなってしまったのかな。それなら一度日本に帰って、また――」
「私が気付いてないと思ってるの? ……病気、なんでしょ?」
勢いよく上げられた顔。目には決壊間近とばかりに光るものが溜まっている。
「僕はまだ大丈夫だ。書ける、書けるから、ね?」
お願いだ。これだけは、この意地だけは貫かせてくれ。止めないでくれ。そうでなければ、僕は――
「もう止めよ? 私のためにこれ以上あなたの命を削って欲しくない」
違う。違うんだ。どうにかしてやりたいと思いつつも、それならば何ができるのかという問いに対する答えを導けず、ただただ書き続けることしかしなかった、できなかった僕は、残したかったのだ。それでなくとも君との時間を――
「こうしてあなたと旅ができて本当に幸せだった。私にたくさんの世界を見せてくれてありがとう」
君にここまで言われてしまっては、いや、言わせてしまっては、折れるしかないだろう。
「……では、最後にノルウェーのトロムソに行きたい」
「そこには何かあるの?」
「オーロラだよ。オーロラを見たいんだ。君と二人で。そこで最後にするから」
「わかったわ」
藍で作られた檻籠 詩祈 栞星 @SHIKI_KANRA
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