藍で作られた檻籠

詩祈 栞星

第1話 旅

「ねぇ、次はどこに連れて行ってくれるの?」

 腰まで伸ばした、柔らかくウェーブのかかった金色の髪をふわりと揺らし、少女は尋ねる。

「そうだね。イギリスにでも行ってみようか。本場のティータイムを君に味わってもらいたいからね」

 温和な笑みを浮かべながら言葉を返す男性は、コーヒーカップの横に外し置いた眼鏡へと右手を伸ばしつつも、左手を目頭を揉むように動かす。

「少し休憩したら?」

「休憩している時間がもったいないと思ってしまうんだよ。そうでなくとも、食事を摂ったり、眠ったりしなければならないからね」

「私は、美味しい食べ物を食べたり、ふかふかのベッドで眠る時間も好きよ? あなたは一つ一つのことを楽しむ努力が足りていないのよ」

 男性の鼻先に小さな人差し指を伸ばし、ぷぅっと頬を膨らませる。

「おやおや、怒られてしまった。でも僕は、君にもっともっとたくさんの景色を、感動を、歓びを、知って見て感じて欲しいと思っているだけだよ?」

「でもそのとき、隣にいるあなたがしんどそうだったり、眠そうにしていたりしていたら、楽しめるものも楽しめないって思わない?」

「それは最もだ。それじゃあ、あと少しだけ。それなら許してくれるかな?」

「仕方がないわね。もうちょっとだけよ」

 少女から承諾を得た男性は、眼鏡を掛け直し、前に向き直る。テーブルの上に乗り上げていた着物の袖を払い、コーヒーカップよりも手前に転がしていたものを右手に、左手は滑らかな白い平面へと添えられる。昔ながらに万年筆で原稿用紙へと藍色の花を咲かせる。そう、彼の生業は言葉を紡ぐことなのである。



「素敵!」

「これがイングリッシュガーデンだよ」

 目に飛び込んで来るのは、陽を浴びた美しい緑。緑と一言で言っても、黄色さが強い若菜色から深い常盤色まで様々である。そして、その緑を彩る色とりどりの花々。その光景に、少女はせわしなく左右に首を振りつつ、目をキラキラと輝かせる。

「こんな場所でティータイムだなんて、お姫様にでもなった気分!」

 そう言い、白くひざ丈まであるワンピースの裾をふわりと広げながら回って見せる。

「僕にとっては、君は十分お姫様だけれどもね」

「またお得意の冗談? 本当はお子様だって思ってるんじゃない?」

 コロコロと表情を変え、唇をツンと突き出した表情を作る。

「思ってないさ。さぁ、お手をどうぞ、お姫様?」

「もう!」

 ペチっと軽い音を立てながら差し出された手のひらをはたいた後、今度はそっと手を乗せる。

「結婚式をするなら、こういう場所で挙げさせてやりたいな」

「急にどうしたの? そんなの、あなた次第じゃない」

 それもそうだ、と軽い笑い声を一つ置き、優雅なティータイムを堪能すべく、二人はさらに奥へと歩みを進める。



 ヨナキウグイス、ナイチンゲールの別名も持つサヨナキドリの鳴き声が優しく響く夜、星が瞬く月夜を見上げるために二人して寝転んでいた。

「夜の静けさもいいわね」

 鳴き声と調和する少女の声が届く。

「この静寂を楽しめるなら、やはり君は大人の女性だ」

「揶揄うのはよしてよ。お昼の続き?」

「そんなことはないさ。ただ……そう、月が綺麗だ」

「そうね。お昼に食べたスコーンを思い出しちゃうくらい、綺麗な満月ね」

「おやおや、そこはまだまだ子供だね」

「どういう意味?!」

 ポカポカと頭をたたく動きをした後、少女は一人、どんどんと高い位置へと上っていく。背を起こした男性の目に映る自身が月を背にするところまで来ると、動きを止める。月明りを羽根に受けて浮き上がらせたその姿はこの世のものとは思えぬほどに美しく、子供扱いすることは憚られるほどであった。そう、彼女は妖精なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る