第4話 憂鬱毒
みんなで生きるにはこの星は小さすぎて、一人で生きるにはこの世界は広すぎる。
明確に孤独を感じたのはいつだっただろう。昔から漠然とした寂しさはあったが、ひとりでいることが苦痛であるという輪郭を伴ったのは多分社会に出てからで、それは単に生物としての子孫を残したいという本能が見せる幻想なのかもしれないが、ただ、だとしたらそれはなぜ「恋人が欲しい」ではなく「友達が欲しい」なのか分からなかった。
恋人が欲しいというよりは、仲間が欲しい。よく分からない感情だ。どういう仲間が欲しいんだろう。分からない。今まで一人で生きてきたから、仲間の作り方や、既に輪になっているグループに入っていく方法がわからない。そもそも、自分にそんな分不相応なものを求めるだけの権利が揃っているとは思えなくて、ときどき、声をかけてきてくれる人の手を乱暴に振り払うことすらあった。
三島由紀夫は厳しさによって、太宰治は悲観的になることによって幸福を遠ざけた。
自分は自分の世界に酔っ払って夢見心地に浸ることで、幸福から逃げた。
自分の宇宙に浸っている間は幸せで、そこだけでは本当の自分でいられて、偽る必要も着飾る意味もなく、自由で、鎖がない。
でもどんなに心地のいい夢見も冷める。真っ暗な部屋が、よりいっそう暗くなる。
夜明け前が一番暗い。その暗闇が怖い。空が赤く燃える。太陽は敵だ。夢を壊し、現実を流転させる心臓で、闇の住民である自分にはあまりにも眩しく、不釣り合いだ。
幸福そうな人間は見ていて漠然と「幸せそうだな」とか「楽しそうだな」とか思うだけで、それだけで、それ以上ではない。ただそこにある現実がそうあるように、自分が一人であるという現実だけがそこにあって、受け入れざるを得ないから、そうしている。
自分のことのようで他人事なのは、人格が分離しているのだろうかと思う。妄想の世界の自分に自我を吸い取られているんだろうか。ならばいっそ、さっさと全部吸い取って連れて行ってほしい。
生きることは辛く苦しいというどうしようもない真理が絶対であるこんな世界から解放されたい。
きっと自分は三十手前で、二十八とかで死ぬんだろうと思っていただけに、なかなかしぶとく生きていることが不満で、贅沢な悩みだが、こんな孤独の飢えを永遠に感じて生きていくくらいなら、虚妄の世界で生きていたいと本気で望む。
こんなことはエッセイにでも書くべきだと考えた末に、でも結局は、ヒロイズムに浸るのも好きだから、そんな自分さえも主人公にして、いっそ惨めにでも道化になって笑いをさらえば儲けもんだ、と思った。
もし生きることが辛い時、これを読んで、こんなに惨めに自分を慰めるバカが、黒歴史ノートをリアルタイムに公開していると思えば、馬鹿馬鹿しすぎて死ぬことさえくだらなくなるだろう。
まあ別段、それでさえ自分が、まだ生きていくんだろうなと漠然と思うと、ひたすらに憂鬱だ。
コンビニエンス:ナンセンス・フィクション — 滑稽なホラ吹き話の掌編図録 — 夢咲蕾花 @RaikaFox89
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