第4話
今市宿においても江戸に負けずに草子本に人気があり、版元七文字屋重兵衛が発行する『今市宿評判読み本』が評判であった。出した尻から全てが売れ、次を催促される始末であった。
今市3美人と噂されるお夏、加代、志帆が常連の作家であり、そこに紺屋歌子と鬼怒川飛翔が作家に入っているのであるから、今市宿の人たちにとっては堪えられなかった。この本を読むために女たちは、子供たちに混じって、寺子屋で手習いをしたというぐらいであった。
加代は尾州浪人山本兵衛(ひょうえ)の娘で、父がやっている寺子屋の助教をしていた。今式部と言われ、その教養の深さから滲み出てくる物語は、味わい深いものであり、その実力を疑うものはなかった。人見知りする性格で、お高くとまっている、冷たいと見られていたが、隠れてある熱いものに気づく者は少なかった。志帆の書くものは、派手さはなかったが、市井の人々の日常を描いて、静かな愛読者を持っていた。三人は歳頃も一緒で、ことの他仲が良かった。
歌子は極道の世界の行いは悪行であったが、和歌をたしなみ、歌の方の実力を持って、年増女の妖艶な恋物語を得意として、恋姫の名前で呼ばれるほどであった。飛翔はその家業の通り、股旅ものや、孤独な無宿者を描いて定評があった。
そして、何より『今市宿評判読み本』が評判を得たのは、読んだ感想や、作家に当てた短い文が載せて貰える巻末にあった。また、季節ごとに発表される当節人気作家順位表にも因があった。短い文は、自分の名前が載ったことで、作家になった気分を味わえたし、順位表は、自分のお気に入り作家が上位にでもなれば、赤飯を炊くほどに夢中にさせた。書き手も発表される順位表の十位までに何とか入りたいものと文筆修行にこれ励むのであった。順位は巻末にある投票用紙と、七文字屋重兵衛の裁定で決められていた。
上位五人は、たまに順位は変わるが、ほぼ固定していた。でも、飛翔だけが何時も五位でこれが鬼怒川一家には面白くなかった。常時、一位の歌子には、この人気作家順位に何か手練を使っているとの噂が絶えず、縄張り争いだけでなく、この件でもさらに二つの組は仲を悪くしていた。
これらの工夫相まって、七文字屋は繁盛至極であった。二つの組は、何とか七文字屋を自分側につけたいと、あの手この手を使ったが、そんなことに乗ったら、元も子もない版元の有り様を重兵衛は十分に心得ていた。
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